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友人(後編)

「嫌……!」

抱きしめられた瞬間に,少女は少年の胸をどんと押した.

そのまま逃げようとすると,右の手首を乱暴に取られる.

「サリナ,逃げるなよ.」

黒髪の少年の目が,まっすぐに少女を見すえた.

「俺なら,サリナを養うことができるのだから.」


放課後のマイナーデ学院の中庭で.

サリナは,クラスメイトのユーリに求婚された.

しかし結婚といっても,平民であるサリナと貴族であるユーリとの間では意味が異なる.

「卒業したら,俺の家に来ないか?」と誘われて,顔を真っ赤にした少女だったが,すぐに少年の言葉の意味に気づいた.


つまり少年は自分のめかけになれと言っているのだ.

「俺の家ならば,サリナ一人くらい面倒をみられるし,……子どもだって産ませることが,」

「お願い,離して.ユーリ.」

いくら裕福な暮らしができるとはいえ,めかけになるなんて受け入れられない.

それに友人だったユーリがそのようなことを提案するなど,ショックだった.

「サリナ,……お前,平民のくせに王宮へ上がれると思っているのか?」

侮蔑に満ちた少年の声に,少女は何の話か分からずにまゆをひそめる.

「……お城?」

「ライム王子は望んでも無駄だ.」

ユーリの言葉は,少女の胸の一番深いところにぐさりとつき刺さった.


「サリナを離してくれませんか? ユーリ様.」

と,いきなり二人の少年少女は声をかけられる.

ユーリの向こうに,薄水色の髪の青年が立っていた.

「お願いします.」

青年は穏やかな笑みを浮かべて,もう一度頼む.


「ちがう,誤解しないで.」

少女は,声にならない言葉を発した.

何がちがうのか,何が誤解なのか,自分でもよく分からない.

ただこの青年に知られるということは,王子に知られるということと同じなのだ.

ふっと腕の拘束がゆるむ.

少女は助けてくれた青年に目を向けることさえせずに,逃げ出した.


抱きしめられた感触が,走って振り切っても身体にまとわりついているようだ.

ここ二,三年,ユーリは顔も合わせてくれなかったのに…….

突然の友人のひょう変ぶりに,サリナは涙が出てきそうになる.

ふと少女は,自分の足がどこへ向かって走っているのかに気づいた.

ちゅうちょして立ち止まり,しかしまた走り出す.

……ライム王子は望んでも無駄だ.

そんなこと,ユーリに言われるまでもなく分かっている.

けれど…….

ユーリと同じせりふを,もしもあの少年が言ったのならば,……自分は喜んで首を縦に振ったのかもしれない.

サリナが不幸な結婚をしたことに対する両親の嘆きも,ほかの女性と夫をともにすることに対する嫌悪も,何もかもをのみこんで.

誠実な少年がけっしてそのようなことをしないと分かっているからこその,少女の汚い下心.

思考が嫌な方向へとらせんを描きながら,おちてゆく.


たどり着いた図書室の中で,少女は目当ての人物を探し当てた.

本棚と本棚の間で,一冊の大きな本を熱心に読んでいる.

さらさらと流れるような金の髪,深い緑の瞳.

真剣な横顔は,けっして誰かのものにはならない.


……声など,かけられるはずがない.

そもそもこの少年が,サリナの手の届く場所にいること自体がおかしいのだ.

それでも未練がましく少年の姿を見つめていると,視界の端に薄水色の髪の青年の姿が映る.

サリナはあわてて,本棚の影に身を隠した.


やだ,どうしよう…….

背の高い本棚に背中を預け,少女は不安に心を波立たせる.

スーズさん,さっきのことをライム王子に言うんじゃ…….

しかし次の瞬間には,少女は自己嫌悪にずるずると座りこむ.

やだな,私…….

さっきから,自分のことばかり気にしている.


何を言っているのか分からないが,少年と青年の話し声がする.

あ,私ってば,スーズさんにお礼も言っていない.

少女がさらに自己嫌悪におちいっていると,

「お,俺がいつそんなことを頼んだ!?」

いきなり少年の叫び声が聞こえてくる.

いったい何の話をしているのだろうか…….

そぉっと本棚の影からのぞきこむと,ちょうど金の髪の少年が背中を向けて出てゆくところだった.


やれやれとため息を吐く,薄水色の髪の青年.

「誰かにとられても,」

少女は,ばちんと青年と目が合ってしまった.

「サリナ!?」

ぎょっとする青年に,少女は真っ赤になって言いわけを開始する.

「ご,ごめんなさい!」

図書室という場所もわきまえずに,大声でまくし立てる.

「その,立ち聞きをしていたわけじゃ,あ,さっきは助けてくれて,」

あわあわと,自分でも何を言いたいのか分からない.

「ありがとうござ,あの,でも,ご,誤解というか,」


「ユーリとのことは,……その,私は,」

「サリナ,」

とうとうとしゃべりつづける少女を制するように,青年はそばまでやってきて,

「大丈夫だから,落ちついて.」

ぽんと少女の頭をなでた.

かぁっと少女の顔が赤くなる.

青年は,どうしたものかとほおをなでた.


スーズの主君は,少女を探しに図書室から出て行ってしまった.

まさか少女がこんなところに隠れているとは思いもよらずに.

「……とりあえず,出よう.」

少女を促して,図書室の外へと連れ出す.

さっきから大声で騒ぎっぱなしで,いや,スーズが騒いでいるわけではないのだが,正直,まわりからの視線が痛いのだ.


殿下はいったいどこへ,サリナを探しに行ったのやら…….

不必要にすれちがってしまった少年と少女に,スーズは少しだけ途方に暮れてしまった.

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