12-2
王城の中の,自分のために用意したという一室で.
薄茶色の髪の少女サリナは,はぁとため息を吐いた.
やたら広い部屋の中で,一人きりでつったっている.
あの後,サリナたちはすぐさま王城へと飛んだのだ.
ライムが書いた魔方陣を利用して,王宮魔術師たちが長距離転移魔法を実行した.
もちろんサリナには,ライムと話したり相談したりする暇は与えられなかった.
今ごろ,軍隊から事情を説明されている故郷の両親は仰天しているだろう.
これから,どうすればいいのだろうか…….
平凡な平民であったはずの少女は,シグニア王国の王女サリナ・トニア・シグニアにされてしまった.
城の侍従に手渡された礼服を掲げつつ,少女は思い悩む.
今からこの服を着て,サリナは王女として国王の葬式に出席しなくてはならないのだ.
顔を見たこともない,実の父親であった国王のために…….
城へ帰り着くと,ライムの母親であるリーリアが迎えてくれた.
リーリアは,本来の三十五歳の姿に戻っていた.
「無事で……,」
少年の身体を抱きしめて,息子の無事に涙する.
「お,俺は,無事だ.けがひとつない.」
金の髪の少年は大いに照れていたが,少女にはリーリアの涙がただそれだけのものとは感じられなかった.
今,この場で国王の死をいたんでいない者は,きっとサリナだけだろう…….
悲しみができるだけ早くに薄まるように,そのような願いがこめられ,喪服は灰一色である.
三十五歳に戻ったリーリアは,悲しみの象徴であった.
美しい立ち姿は,夫をうしなった悲哀によってより一層際立っている.
金に輝く髪,宝玉の瞳.少女の恋人と同じ,
「……ライム,」
つぶやき声にこたえるように,少女はいきなり後ろから抱きすくめられた.
「え!?」
「しっ,静かに!」
振り返ると,金の髪の少年が少女をつかまえている.
「え,えぇ!?」
あまりのことに少女は言葉を上手につむげない,少年は少女を離すことなく言った.
「サリナ,一緒に逃げよう.」
いつの間にか部屋に忍びこんだらしい少年のせりふに,少女はただ瞳を見開かせる.
「この国では,俺たちは姉弟にされるだけだ.」
少年のつらそうな顔が少女の口を閉ざし,きつく抱きしめる腕が逃げることを許さない.
「今夜,迎えに行く.準備をして待っていてくれ.」
少女の返事など聞かずに,少年は勝手に話を決める.
「に,逃げるって……,」
やっとのことで口がきけたかと思うと,たやすく唇を奪われた.
逃げるも何もない,もうとっくにさらわれてしまっている.
この少年に,心も身体もすべて.
軽く抵抗してみせても,少年の熱さに簡単に流されてゆく.
逃げてどうするのか,どこへ逃げるのか,少女はたずねることができなかった…….
ライムが転移魔法で自室へ帰ると,薄水色の髪の青年が険しい顔をして待っていた.
「サリナの部屋へ行っていたのですね?」
スーズの問いに,少年は当たり前だとばかりにうなずく.
「……殿下,」
青年のまじめな表情に,少年は身構えた.
これは主君である少年に苦言を呈するときの青年のくせだ,殿下とゆったりと呼びかける.
「はやまったマネは,なさらないでくださいね.」
少年は,かすかにぎくりとした.
「あなたにはリーリア様が,サリナには,サリナを大切に想っている両親がいるのですよ.」
「……分かっている.」
金の髪の少年は視線をそらして,少しいらだたしげに答える.
これは分かっているけど,分かりたくないときの少年のくせだとスーズは思う.
二人はもう何年も一緒にいるのだ.
この少年が今,何を考えているのか青年にはよく分かるし,青年の言いたいことが何なのか,少年もよく分かっているだろう.
「それと,……あなたには私という味方がいることも忘れないでくださいね.」
乾いた空気を打ち消すように,青年は淡くほほえんだ.
主君の少年がどのような道を進むにしても,青年は少年の手助けをするつもりなのだから…….
「イスカ殿下,今度からこうゆうことをするときは,ちゃんと事前に知らせてください.」
自室へ戻ろうとするところを,赤毛の青年は城の従官に呼びとめられた.
「こうゆうこと?」
青年は首をかしげるのだが,従官の男はやれやれといった態で首を振る.
「まぁ,われわれとしては掃除ができなかっただけですが,」
「掃除?」
話がつかめずに,イスカは自室への扉に手をかけた.
「へ?」
とたんにまぬけな声を上げる,扉がなぜか開かないのだ.
「なんで開かねぇんだ?」
がちゃがちゃと回しても,扉は開かない.
「殿下がお部屋を,魔法で封印したのではないのですか?」
そう思いこんでいた城の従官も困惑する.
「そんなことしてねぇぞ.」
赤毛の青年は取っ手から手を離して,封印の魔術を探ろうとした.
勝手に彼の部屋を封じこめた犯人はいったい誰なのか.
イスカはすっと瞳を閉じて,意識を集中させる.
「人の子の惑い,恐れ,真実を隠すものよ,」
難解な呪文を唱えだす王子に,従官はさすがはマイナーデ学院の卒業生と感心した.
この国の王族は皆,優秀な魔術師のはずである.
「地に眠る技を,……う,海に眠る識を,」
しかし青年の方では,そんなにもたやすく魔法を操れるわけではない.
昔,授業で習った高等魔術を思い出しながら,である.
「光を通さぬ……,」
呪文を唱え終わる前に,パリンと軽やかな音を立てて封印は解けた.
まるで青年を待っていたかのように.
「ワナでも張ってあるのか?」
さすがに気味が悪い,イスカは用心深く扉を開いた.
少しばかり様子をうかがってから,部屋にそぉっと足を踏み入れる.
「殿下…….」
王子の身を案じて,従官も青年の後に続いて部屋の中へ入る.
ぱっと見た感じ,部屋に異常は見られない.
しかしあるものに気づいて,イスカは,はたと歩みをとめる.
部屋の奥,テーブルの上に書類や本がうずたかく積まれていた…….




