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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
王の子どもたち
71/104

12-2

王城の中の,自分のために用意したという一室で.

薄茶色の髪の少女サリナは,はぁとため息を吐いた.

やたら広い部屋の中で,一人きりでつったっている.


あの後,サリナたちはすぐさま王城へと飛んだのだ.

ライムが書いた魔方陣を利用して,王宮魔術師たちが長距離転移魔法を実行した.

もちろんサリナには,ライムと話したり相談したりする暇は与えられなかった.

今ごろ,軍隊から事情を説明されている故郷の両親は仰天しているだろう.


これから,どうすればいいのだろうか…….

平凡な平民であったはずの少女は,シグニア王国の王女サリナ・トニア・シグニアにされてしまった.

城の侍従に手渡された礼服を掲げつつ,少女は思い悩む.

今からこの服を着て,サリナは王女として国王の葬式に出席しなくてはならないのだ.

顔を見たこともない,実の父親であった国王のために…….


城へ帰り着くと,ライムの母親であるリーリアが迎えてくれた.

リーリアは,本来の三十五歳の姿に戻っていた.

「無事で……,」

少年の身体を抱きしめて,息子の無事に涙する.

「お,俺は,無事だ.けがひとつない.」

金の髪の少年は大いに照れていたが,少女にはリーリアの涙がただそれだけのものとは感じられなかった.

今,この場で国王の死をいたんでいない者は,きっとサリナだけだろう…….


悲しみができるだけ早くに薄まるように,そのような願いがこめられ,喪服は灰一色である.

三十五歳に戻ったリーリアは,悲しみの象徴であった.

美しい立ち姿は,夫をうしなった悲哀によってより一層際立っている.

金に輝く髪,宝玉の瞳.少女の恋人と同じ,

「……ライム,」

つぶやき声にこたえるように,少女はいきなり後ろから抱きすくめられた.

「え!?」

「しっ,静かに!」

振り返ると,金の髪の少年が少女をつかまえている.

「え,えぇ!?」

あまりのことに少女は言葉を上手につむげない,少年は少女を離すことなく言った.

「サリナ,一緒に逃げよう.」


いつの間にか部屋に忍びこんだらしい少年のせりふに,少女はただ瞳を見開かせる.

「この国では,俺たちは姉弟にされるだけだ.」

少年のつらそうな顔が少女の口を閉ざし,きつく抱きしめる腕が逃げることを許さない.

「今夜,迎えに行く.準備をして待っていてくれ.」

少女の返事など聞かずに,少年は勝手に話を決める.

「に,逃げるって……,」

やっとのことで口がきけたかと思うと,たやすく唇を奪われた.


逃げるも何もない,もうとっくにさらわれてしまっている.

この少年に,心も身体もすべて.

軽く抵抗してみせても,少年の熱さに簡単に流されてゆく.

逃げてどうするのか,どこへ逃げるのか,少女はたずねることができなかった…….


ライムが転移魔法で自室へ帰ると,薄水色の髪の青年が険しい顔をして待っていた.

「サリナの部屋へ行っていたのですね?」

スーズの問いに,少年は当たり前だとばかりにうなずく.

「……殿下,」

青年のまじめな表情に,少年は身構えた.

これは主君である少年に苦言を呈するときの青年のくせだ,殿下とゆったりと呼びかける.

「はやまったマネは,なさらないでくださいね.」

少年は,かすかにぎくりとした.


「あなたにはリーリア様が,サリナには,サリナを大切に想っている両親がいるのですよ.」

「……分かっている.」

金の髪の少年は視線をそらして,少しいらだたしげに答える.

これは分かっているけど,分かりたくないときの少年のくせだとスーズは思う.

二人はもう何年も一緒にいるのだ.

この少年が今,何を考えているのか青年にはよく分かるし,青年の言いたいことが何なのか,少年もよく分かっているだろう.


「それと,……あなたには私という味方がいることも忘れないでくださいね.」

乾いた空気を打ち消すように,青年は淡くほほえんだ.

主君の少年がどのような道を進むにしても,青年は少年の手助けをするつもりなのだから…….


「イスカ殿下,今度からこうゆうことをするときは,ちゃんと事前に知らせてください.」

自室へ戻ろうとするところを,赤毛の青年は城の従官に呼びとめられた.

「こうゆうこと?」

青年は首をかしげるのだが,従官の男はやれやれといった態で首を振る.

「まぁ,われわれとしては掃除ができなかっただけですが,」

「掃除?」

話がつかめずに,イスカは自室への扉に手をかけた.


「へ?」

とたんにまぬけな声を上げる,扉がなぜか開かないのだ.

「なんで開かねぇんだ?」

がちゃがちゃと回しても,扉は開かない.

「殿下がお部屋を,魔法で封印したのではないのですか?」

そう思いこんでいた城の従官も困惑する.

「そんなことしてねぇぞ.」

赤毛の青年は取っ手から手を離して,封印の魔術を探ろうとした.

勝手に彼の部屋を封じこめた犯人はいったい誰なのか.


イスカはすっと瞳を閉じて,意識を集中させる.

「人の子の惑い,恐れ,真実を隠すものよ,」

難解な呪文を唱えだす王子に,従官はさすがはマイナーデ学院の卒業生と感心した.

この国の王族は皆,優秀な魔術師のはずである.

「地に眠る技を,……う,海に眠る識を,」

しかし青年の方では,そんなにもたやすく魔法を操れるわけではない.

昔,授業で習った高等魔術を思い出しながら,である.

「光を通さぬ……,」

呪文を唱え終わる前に,パリンと軽やかな音を立てて封印は解けた.

まるで青年を待っていたかのように.


「ワナでも張ってあるのか?」

さすがに気味が悪い,イスカは用心深く扉を開いた.

少しばかり様子をうかがってから,部屋にそぉっと足を踏み入れる.

「殿下…….」

王子の身を案じて,従官も青年の後に続いて部屋の中へ入る.

ぱっと見た感じ,部屋に異常は見られない.

しかしあるものに気づいて,イスカは,はたと歩みをとめる.


部屋の奥,テーブルの上に書類や本がうずたかく積まれていた…….

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