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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
旅立ちの決意
7/104

1-7

夕刻,スーズが主君の部屋へ戻ってくると,すっかりと旅支度を整えた少年がそこにはいた.

窓から差しこむ夕日が,少年の姿を照らし出す.

十七歳の大人と子どもの中間に位置する体,母親譲りの金の髪は,まさに金の末王子の通り名のごとしだ.


「ライム殿下,出発は明日の朝ですよ.」

青年がそっと声をかけると,少年は険しい顔をして振り返る.

「スーズ,サリナに何を言った?」

少年の口から放たれる低い声,少年が心の底から怒っている証拠だ.

「じじいのたくらみは全部聞いた.隠し立てをするな.」


青年は軽くため息を吐いた.

この潔癖な少年に知られてしまえば,うまくいくものもいかなくなる.

けれど,もう時間がないのだ.

「誘惑しろと言った方がよかったですか?」

すると少年がぎっとにらみつけてきた.


けれど,スーズとて負けてはいられない.

ここは冷徹に徹するに決める.

「殿下,サリナに対して中途半端な態度を取るあなたが悪いのですよ.」

青年の言葉に少年は驚いたように,深緑の瞳をまたたかす.

「あなたが思わせぶりな態度を取るから,サリナだって期待してしまうし,学院長様だってあのような策を講じられるのです.」

何も言い返せずに,少年は苦しそうにうめいた.

「全部,俺が悪いって言いたげだな.」

「そのとおりです,殿下.」

青年は平然と断定した.


「ユーリのような少年にサリナがつけこまれるのも,あなたがはっきりとした態度をみせないからですよ.」

容赦ない青年の言葉に,少年はうつむいてしまう.

「俺は誰とも結婚する気はない.」

言った瞬間に,少年はそれが自分勝手ないいわけであることに気づく.

少年の事情など,周囲のものには関係ない.

「それは殿下に幻獣がついていないからでしょう? 自分の子どもに同じ苦労を味あわせたく,」

「サリナに謝りに行ってくる.」

少年は青年の言葉をさえぎって,告げた.

「いらついて,やつあたりしたから……,」

恥かしいのか,顔を隠して少年は部屋から出て行った.


コンコン.

ドアをたたく音に,少女は目を覚ました.

部屋の机につっぷして,泣きながら眠っていたのだ.

「……誰?」

かすれた声で誰何すると,少しのためらいの後で少年の声が答える.

「俺,……ライゼリートだ.」

少女はぎょっとしてドアを開けた.

すると金の髪の少年が,不機嫌そうな顔をして立っている.


「この部屋,何年掃除していないんだよ…….」

少年は恥かしげに,妙なことを口にした.

「王子には関係ないもん.」

少女はすねたようにつぶやく.

すると少年の手が首もとにかかってきた.

少女はどきっとして顔を上げる,少年が赤いリボンを少女の首もとに結ぼうとしているのだ.


ぎこちない手つきで,少女には触れないように遠慮しながら.

「一度しか言わないからな,」

そうして少女の耳もとでそっとささやく,たった一言だけ,「好きだ.」と.

「うそ……,」

淡い緑の瞳を見開いて,少女は言葉を漏らす.

「うそでこんな恥かしいことが言えるか!?」

少年は真っ赤になってどなった.


「え!? だ,だって……,王子,もう一回言って!」

「一度だけだ!」

照れに照れている少年には悪いが,少女には少年の言葉が信じられない.

転がり落ちてきた言葉をうまくつかめずにいる.

「で,返事は!?」

はたから聞いたら,怒っているとしか思えない調子で少年は聞いた.

「返事?」

少女は一瞬,意味が分からなかった.

すると少年は顔を真っ赤にさせる.

少年の反応を見て,少女は何を求められているかを知った.


「わ,私も好き!」

勢いあまって,少女は大声で叫んでいた.

「大声で言うな,そんなことを!」

少年も真っ赤になってどなり返す.

「だって……,」

少女は上目づかいで,少年の顔を見つめた.


すると少年はさっと視線をそらす.

「明日,日が昇るとともに出発するから.」

「うん.」

王都へついて行ってもよくなったのだろうか? 少女はよく分からないがうなずいた.

「荷物は最低限の着替えだけでいい,食料とかはこっちで用意してある.」

自分の同行を認めてくれたらしい,少女は笑顔でうなずく.

「……そんなにうれしそうにしないでくれ.」

少年はつらそうな顔を見せたかと思うと,いきなり少女を抱きしめた.


「おおおおお,王子!?」

動揺のあまり,少女はどもった.

想像していたのよりも広い胸が,大きな腕が自分を抱いているのだ.

少女は遠慮がちに,そっと少年の背に腕を回す.

すると一度,ぎゅっときつく抱きしめられる,そして少年は少女を離した.


「おやすみ……,」

一瞬前よりも少しだけ大人っぽくなった顔で,少年はほほえんだ.

「……おやすみなさい.」

すぐに部屋から立ち去る背中に,少女はあいさつを返した…….


夕焼けから夕闇に染まるマイナーデ学院の校舎を,スーズはただ一人で眺めた.

彼の大切な主君の部屋の窓から…….

ライム殿下の本当の父親は,いったい誰なのだろう…….

青年はぼんやりと闇に染まる赤レンガの建物を見つめる.

それはライムの母であり,学院長の娘であるリーリアしか知らない.


金の髪,深い緑の瞳.

一目で国王の心を奪った,美しい少女.

何人もの女性を心の中に住ませていた国王が,……当時は第一王子であったが,その瞬間から彼女だけしか見えなくなってしまったのだ.

しかし,リーリアが産み落とした御子は国王の子どもではない.

そしてそのことを知っているのは,父親である学院長と,彼の信頼するスーズとシグニア王国第二王子のイスファスカのみだ.


無事,この学院まで帰ってきてみせる.

青年がそう決意したのと同時刻,彼の主君もきゃしゃな少女の体を抱きしめながら,心に誓っていた.

この少女だけは必ず守ってみせると…….

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