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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
失われた光
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11-4

王国歴1178年,シグニア王国軍は,南からのティリア王国軍の侵攻に劇的な勝利を治めた.

初戦からずっと押されつづけていたシグニア王国軍が,最後の最後にとんでもない力と結束を見せたのだ.

勝利の要因は,国王が指揮権を第一王子のリフィールに譲ったことによる.

あまり公にはできない話だが,なかなか勝てないことに嫌気をさした国王がたわむれに,リフィール王子に軍の指揮を預けてみただけのことである.


当時,リフィールは二十一歳であり,タウリは十五歳であった.

タウリは年若のために戦場に出ることさえ許されず,遠い北の辺境,マイナーデ学院で兄の華々しい武勲に歯がみすることしかできなかった.


「俺はいつでも,兄の光の影に隠されてきた.」

ねたみとせん望,たった二人きりの兄弟だからこそ.

「あと一年,あと一年だけ後に戦争が起きてくれたならば……!」

シグニア王国は戦場に,けっして十六歳未満の子どもと女性は連れて行かない.

王家の姫たちは幻獣のため,例外的に戦場へ出る場合が多いが.

「俺はあんたの言いわけを聞きにきたんじゃない.」

もう一度はっきりと,イスカはおじに告げた.

思わずおじの話に耳を傾けそうになった自分自身へのしったもこめて.


「そっくりだな……,」

金の髪の男は,顔をみにくくゆがめる.

「兄に,リフィールに.」

日の光の当たる場所に立って,タウリを責める王者の瞳.

「……ライゼリートもそうだ.」

初めて会った息子のまなざしは,兄のリフィールから受けつがれたものだった.

タウリのようにひね曲がっていない,素直な瞳をしていた.


「ライムは俺の弟だ.」

その言葉は何の気負いもなく,イスカの口から出てきた.

「……そうだな.」

疲れきったように,タウリは肩を落とす.

何もかもが自分だけの一人芝居だったように感じられた.

兄に嫉妬しつづけたことも,兄の大事な女性を寝取ったことも,故郷を裏切りティリア王国へ走ったことも…….


描き終った魔方陣をライムがサリナとスーズに説明しているところへ,兄のイスカはやって来た.

「ライム,お前が持っとけ.」

弟の手に,ごつい男ものの指輪をのせる.

少年は「これは何か.」と問おうとしたが,すぐに悟った.

「……ありがとう.」

イスカが頼んだのか,それとも渡してくれと頼まれたのか.

この指輪を見るたびに,少年は父親のことを想うだろう.

しかしそれは指輪を目にしたときだけであろうことも,少年には分かっていた.


「兄貴,魔方陣の中央に立ってくれ.」

胸のポケットに大切に指輪を入れると,少年は兄に言った.

隠した指輪とともに,気持ちが切り替わる.

「俺とサリナとスーズだけで,転移魔法の予備実験をやってみる.」

この兄を,必ず王都へと送り届けてみせる.

「おいおい,まじかよ.」

肩をすくめつつ,イスカは魔方陣の中に足を踏み入れた.

とたんに,背筋が凍りつくような強力な魔力が青年を包む.

「少し大げさじゃないか?」

予備実験まで行うとは,相当な念の入れようだ.

しかし前代未聞の人数,……魔力の比較的強い兵士たち八十六名で実行するのだから,少年の用心も当たり前だろう.


「失敗したときのことを考えて,肉体復元,精神異常防止,異方転移抑制,いろいろな紋様も魔方陣に編みこんでいるから大丈夫だ.」

ものものしい少年の言葉に,イスカはぎょっとする.

戦場にいるときよりも,自分の生命の危機を感じてしまう…….

「……やはり馬で王都へ向かった方がよくないか?」

なかば本気でたずねるのだが,少年は本気と取らずに苦笑した.

「まさつ発火防止までは入れられなかったから,もしも頭が燃えそうだったら自分でどうにかしてくれ.」


「かんべんしてくれよ.」

イスカは髪を,ながき友でありたい髪をぼりぼりとかいた.

彼らの横では,スーズが優しくサリナに魔法の呪文を教えている.

……どうやらサリナは今から唱えるはずの呪文を,いまだに覚えきれていないようだ.

「髪が燃えてはげあがった国王なんて,かっこつかねぇぞ.」

何気ない兄の言葉に,金の髪の少年は目を見張った.


「兄,」

少年が問いただそうとした瞬間,魔方陣に光がともる.

「何だ!?」

あわてて,イスカは魔方陣の外へと逃げる.

「転移魔法だ.」

誰がやって来るか分からないが,ライムはサリナを背中でかばった.

周囲にいた兵士,指揮官たちも驚いて集まってくる.


視界を焼けつくすような白い光,それが収まると魔方陣には七人の男女が立っていた.

見知った顔の王宮魔術師の男たちと,

「イリーナ!?」

イスカは心底驚いた,この潔癖な妹が戦場へ来るとは…….

美しい銀の長い髪を持つ妹は,鋭い視線をイスカに投げかけた.

イリーナは奴隷の子どもであるイスカを,心から嫌っているのだ.

「イスファスカ兄様,」

本心では兄と呼びたくないに決まっている.

「ラルファード兄様の王位継承に,あなたの元学友の方々から異議を申し立てられましたわ.」


イスカは黙って,妹の言を聞いた.

元クラスメイトたちの行動は,うぬぼれのようで恥かしいが,イスカの予想の範囲内である.

またある意味で,王位継承に関わる者すべてが予測していたとおりであっただろう.

何だ? そんな分かりきったことを伝えにわざわざやって来たのか?


「それと,」

イリーナの瞳が,ひたとライムを,ライムが背後でかばう少女を見すえる.

「お父様に隠し子が見つかりましたわ,」

イリーナはふかしぎな愉悦の笑みを作る.

ライムは,背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じた.

「隠れてないで,出てらっしゃい.……サリナ.」

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