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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
失われた光
67/104

11-3

魔方陣はたいてい,できうるかぎり真円に描かれなくてはならない.

翌朝,日が昇るとすぐに,金の髪の少年は長距離転移魔法の魔方陣を作りはじめた.

少しの間違いも許されないと,誰にも手伝わせずにたった一人で作業を進める.


魔法具である水晶の砂時計も設置し,かなり強力な魔方陣を作るようだ.

さすがはマイナーデ学院学院長の孫というところか,少年の魔法の知識は広く深い.

複雑にいろいろな要素の混じった魔法の紋様は,もはやサリナには理解できない.

ところどころ,これは魔力指向性,あれは魔力増大の印だと分かる程度だ.

少女はちょこんと地面に座りこんで,口をむすっと引き結んでいるライムの横顔を眺めた.


朝,目覚めたときから,なぜか恋人は不機嫌だった.

サリナが理由を聞いても教えてはくれず,なぜか隣ではスーズが吹き出しそうになるのを必死にこらえている.

原因は,昨夜の少女の行動にあるそうなのだが…….


昨夜,二人きりのテントの中で,

「本当に家まで送らなくていいのか?」

念を押す少年に向かって,少女はうなずいた.

「スーズさんが説明してくれるだろうから,お母さんたちは心配してないと思う.」

少女は,にこっとほほえむ.

もう一瞬たりとも,少年と離れたくなかった.

王子という立場上,実の父親の処刑に立ち会わなくてはならない少年から.

しかし,そのような事情などなくとも,

「一緒にマイナーデ学院に帰ろう…….」

学院に帰ったとしても,すぐに卒業を迎えてしまうであろうが,

「お母さんたちには,手紙を出すから.」

多少の親不孝をしても,この少年とともに学院をきちんと卒業したい.


「サリナ,王都へ帰る途中で,サリナの家に寄っていいか?」

深緑の瞳が,真剣な光を宿してたずねてくる.

「結婚の許可をもらいに……,」

まじめな少年の申し出に,少女は顔が赤くなるのを感じた.

「も,もう反対しないと思うよ.」

サリナたちの勘違いは,薄水色の髪の青年が解いてくれた.

なぜだか近寄ってくる少年に,少女は心持ちあとずさる.

すると追いかけられるようにして,少女は軽く唇にキスをされた.


ぎゅっと強く抱きしめてくる少年に,少女の鼓動は速くなる.

「サリナ,今夜は……,」

なにやら少年がごにょごにょと言っているのだが,聞こえない.

どんどんどんと,少年の胸も勢いよく鳴っているのが分かる.

「何? ライム.」

少しだけ少女の体を離して,少年は怒っているような照れているような顔をした.

「絶対に,テントから出るなよ.」

きっちりと少女に言いつける.

シグニア王国には女兵士はいない,つまりここには男しかいないのだ.


少女に危害を加えるような者はいないと思うが,念のために注意しておく.

「う,うん.」

いまいち意味が分からないままに,少女は了承する.

少女の素直な返事に満足して,再び口づけようとすると,

「ライム,疲れていないの?」

ふしぎそうな顔をした恋人にとめられた.


疲れたから寝ると言って酒宴を抜け出したくせに,少年は一向に休む気配がない.

「眠らなくていいの?」

懇切ていねいに今までのことを説明してくれたのはありがたいのだが,初陣を終えたばかりの少年は,さぞかし疲れているのではなかろうか.

「眠れないんだ…….」

苦しそうな少年の声に,少女は「分かった.」と優しくほほえむ.

この少年に安らぎを与えることができるのならば,私は……,

抱きしめられた腕の中で,

「月の光よ,」

唇が重なる直前に唱える呪文,するとまたたく間に少年は眠ってしまった.


「あれ?」

力を失ってしまった少年の体を抱いて,少女は驚いてまたたきする.

呪文が唱え終わらないうちに眠ってしまうとは,よほど少年は眠かったらしい.

「殿下,入ってもいいですか?」

するとテントの外から,青年の声がする.

「駄目だって言っても入りますよ.」

少し笑いを含んだ声に,少女は答えた.

「スーズさん,いいですよ.」


「あれ? 殿下は眠っているのかい?」

少女と同じ驚きの声を上げて,薄水色の髪の青年が入ってくる.

正直な話,少年が少女に襲いかかっていたらどうしようと考えていたのだが.

「はい,眠っちゃいました.」

ひざの上に少年を寝かしつけて,少女は言った.

そして事情を説明すると,青年は遠慮なく笑い出す.

「スーズさん?」

少年の金の髪をすきながら,ひざの上の少年の下心などみじんも疑っていない少女が首をかしげる.


目じりの笑い涙をぬぐって,青年は少女に一通の手紙を渡した.

「サリナ,君のご両親から手紙を預かっているよ.」

「あ,ありがとうございます!」

少女はていねいに,両手でそれを受け取る.

スーズは少女を気づかって,すぐに背を向けて自分の寝床を整え始めた.

少し震える指で,サリナは手紙を開く.

そこには結婚を反対したことへの謝罪の言葉と,幸せになりなさいという祝いの言葉が述べられてあった.


「おやすみ,サリナ.」

寝袋に包まる青年が,就寝のあいさつをする.

「おやすみなさい,スーズさん.」

幸福感と安堵感でうわずった声で,少女はあいさつを返す.


卒業したら,サリナの村へ一緒に帰ろう.

少年と二人だけの誓いが,今,急速に現実のものになろうとしていた.

ずっと一緒にいよう.

そう,ずっと一緒にいよう.

安らかに眠る少年のこめかみにキスをして,少女は小さくささやいた…….


さわやかな朝の空気の中でも,よどんでいるものは,よどんだままであるらしい.

戦終わった日の翌朝,イスカは捕虜として捕らえられている男に秘密裏に面会した.

シグニア王国元第二王子であり,ティリア王国侵略軍最高指揮官のタウリである.

「初めまして,おじ上.」

輝く金の髪だけが,弟ライムとの血縁を感じさせる.

「赤の,……第二王子か.」

縄で全身を縛られた男は,探るような視線でイスカのたくましい体を眺め渡した.


タウリとイスカには,奇妙な共通点がある.

タウリは,先代国王と平民の娘との間にできた子どもであった.

兄のリフィールが幼少時に高熱を出し,命が危うくなったときに初めて,国王に息子として認められ王宮へと入れられたのだ.

とどのつまり,兄の代わりである.

平民の産んだ子どもなどわが子であるはずがないと,先代国王は周囲に言い散らしていた.


一方,イスカは国王リフィールと奴隷の娘との間の子どもであり,隠し子ではなかったが,実質半分以上は隠された王子だった.

彼と母親はいつも王宮の中では肩身がせまく,そして守ってくれるはずの国王は,簡単に心変わりをしてしまった.


しかしタウリとイスカ,二人の選んだ道は背中合わせに歩き去るように異なる.

「他国の軍を故郷に引き入れたあんたの言い分は聞きたくない.」

赤毛の青年はきっぱりと告げた.

タウリは不幸な幼少期を過ごし,今も大変不幸であり同情すべき人物なのかもしれない.

……なぜなら彼を捕虜に捕らえた少年は,彼の実の息子である.

「若輩の俺たちとはちがって,前回の戦争を知っているはずなのに,」

しかしだからといって,戦争をしかけていいはずがない.

自分の不幸に酔って大勢の人々の命を危うくする,その行為は同情で許される範囲をとうに越えてしまっている.

ましてや彼は,本来ならば国を守るべき立場の人間である.


「俺は前回の戦争に参加していない.」

まるで言いわけをするように,タウリは言葉をつむぎ始めた…….

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