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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
失われた光
66/104

11-2

「お母さんが死んだ! あんたのせいだ!」

もう何年前のことだろうか,マイナーデ学院へ入学する前であることは確かだ.

「お父さんがお母さんに冷たくしたから! お父さんがお母さんを城へ連れてきたから!」

涙ながらに叫ぶ,政務の席に座る第一王子である父親に向かって.

「お父さんが全部,悪いんだ!」

王子のそばにいた貴族たちが,泣き叫ぶ少年に,王子のスキャンダルにまゆをひそめる.

城の兵士たちが,幼い少年の腕をつかんで部屋の中から追い出そうとした.


「イスファスカ,」

連れ出される赤毛の少年に,王子は呼びかける.

「……悪かった.」

いつもは堂々としている父親の,痛そうなすまなさそうな顔.

「それだけ,かよ……?」

しかし少年は,父親の目に涙を見つけることができなかった…….


王国歴1187年,奴隷であるイスカの母親は自殺した.

王子の最愛の妻であるリーリアの出産を苦に死んでいったと,城の者たちは同情をこめて残された息子の姿を見やった.

くしくもそれは,奴隷解放宣言がなされる前の年であった…….


「……殿下,イスカ殿下!」

自分を呼びかける声に,イスカははっと回想から覚めた.

若い一人の兵士が,熱っぽいまなざしで自分を見つめている.

「なんだ?」

こげ茶色の瞳をぱちぱちとまたたきさせて,顔を向ける.


戦が終わったその日の夕刻,軍の宿営地では祝宴が開かれていた.

幸いにも雨はやみ,兵士たちは野外で陽気な酒をくみ交わしている.

たった四千の手勢で三万の侵略者たちを追い返した彼らは,まさに英雄であった.

故郷へ帰れば,さぞかし派手な歓待を受けるであろう.


「殿下,俺はあなたにずっとついていきます!」

兵士は酔いの回った目で,イスカの杯に酒をどばどばと注ぐ.

すでに宴もたけなわであり,完全な無礼講となっていた.

「おいおい,男についてこられても迷惑だぞ.」

赤毛の青年は首をすくめた.

「美しい女性ならともかく,」

「私もついていきます,殿下.」

すると逆隣からも,イスカは酒を注がれる.

指揮官のうちの一人,サイである.


俺は国王にはイスカ兄貴がなるべきだと思っている.

ふいに弟の言葉を思い出し,赤毛の青年はなんとも言えなくなってしまった.

国王となる,一度も考えたことがないと言えばうそになる.

しかし……,

「イスカ殿下,ただ今,戻りました.」

男たちに囲まれていると,薄水色の髪の青年が笑顔を見せつつやって来た.

イスカの命令で,サリナの故郷であるケイキ村まで行っていたスーズである.

「ご戦勝,おめでとうございます.」

くだけた酒の席だというのに,いきなり青年はひざをついてかしこまった.


「おいっ,やめろよ!」

ぎょっとして,思わずイスカは大きな声を上げてしまう.

われながら過敏に反応しすぎたのかもしれない,だがスーズは柔らかくほほえんで立ち上がった.

「サリナの両親は,殿下のおっしゃるとおりの誤解をしていましたよ.」

いつもの調子に戻った友人に,イスカはほっとする.

「そうか,よかった…….ライムに教えてやってくれ.」


「ライムはサリナと一緒に,テントの中にいる.」

弟は酔っぱらいの相手なんかしてられるかと言って,そうそうに宴会から逃げてしまった.

「いちゃついていると思うが,遠慮なく邪魔しに行ってくれ.」

普段のふざけたノリを取り戻そうと,イスカはわざとらしく大口を開けて笑う.

しかし友人は,彼には同調せずに,

「覚悟を決めてください,イスカ殿下.」

まるでイスカの心のうちを見透かしたようなことを口にした.


「私もライム殿下も,とっくに決めています.」

穏やかな笑みのままで,薄水色の髪の青年は告げる.

「ここにいる皆も,すでに心は定まっています.」

イスカは彼らに,ティリア王国との戦闘中に王がなくなったことを教えていなかった.

けれどイスカとライムの態度に,うすうす気づいているのかもしれない.

「マイナーデ学院の,あなたの同級生の方々はなおさらでしょう.」

まわりから期待されていること,イスカはそれに気づきながら,あえて目をそらしつづけてきた.

「残るはイスカ殿下,あなただけです.」

いつしか兵士たちも指揮官たちも皆,イスカの方を凝視して,彼の返事を待っている.

宴の席のけん騒など,とうにやんでしまっている.

「王位を欲してください.」

スーズの口から放たれた決定的な一言に,完全に場は静まり返った…….


「分かったか,サリナ.」

テントの中で金の髪の少年に問われて,少女はあいまいにうなずいた.

「う,うん,……多分.」

少女の自信なさげな泳ぐ瞳に,少年はもう一度説明しようと決めた.


祝宴の席を抜けて,二人きりでテントに戻ると,ライムはサリナに隠していたことをすべて打ち明けた.

自分の出生についても,少女の出生についても.

少女の幻獣を自分のものだといつわるために少女を幻獣の儀式に参加させたことも,少女が妊娠しているとうそをついたことも.

要は少年はみずからの保身のために,少女の恋愛感情を利用したのだ.

幻獣の儀式に関する少年の行動は,そう取られてもおかしくはない.

しかし少女は,

「あ,そうなの.」

と,まったくこだわりなく流してしまった.


むしろ妊娠話の方に顔を真っ赤にさせて,まじめに話をする少年から目をそらしてしまう.

「……ごめん.」

さらわれた少女を取り戻すためとはいえ,未婚のサリナにとんでもないうそを押しつけてしまったことに少年は恥じた.

「その,……子どもは流産したことにするから.」

存在していない命の消失に,少女は黙って瞳を伏せる.

少女のショックを受けた様子に,少年はこのようなうそはけっして軽々しく使うものではないと反省した.


そして話が少年の父親のことになると,少女は悲しみに満ちた瞳で少年を見つめてきた.

戦いの途中で命の消えた国王,国家の裏切り者として処刑されるであろう実の父親.

「俺は平気だ.」

少年は笑おうとしたが果たせずに,表情は苦いものとなってしまう.

平気なはずはない,少年は一時に二人の父親を失ったのだから.

「私は……,ずっとライムのそばにいるよ.」

まるで婚礼の誓いの言葉のように,少女は告げる.

「ごめんなさい,姉弟だなんて勘違いして……,」

そばにいたい,何の力にもなれないかもしれないけれど.


まっすぐに無心に,ただじっと見つめてくる薄茶色の瞳.

「分かっている……,」

少女の暖かなまなざしを,ごう慢な子どものように自分だけのものだと感じるときがある.

「サリナが俺のことを想っていることぐらい…….」

これが恋というものなのか.

少女の片ほおを手のひらで包んで,瞳で促すと少女はきゅっと瞳を閉じる.

「離すつもりもない.」と言葉ではなく,かすかに震える唇に伝えた…….

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