告白
自慢じゃないが,私は美人ではない.
キーリは目の前に立つ少年を,きっとにらみつけた.
分厚い眼鏡をかけているし,スタイルだってよくない.
「と,いうわけで,この話は終わり!」
赤毛の少年は,どこか無理をしているおどけ方をした.
「分かったな,キーリ.」
「分かりません!」
「イスカが何を言っているのか,さっぱり分かりません!」
少女は,逃げようとする少年をつかまえる.
「いくら私がぶさいくだからって,この返事はないんじゃない!?」
どうして好きだと告白したとたん,あんなことを言われなければならないのだ.
すると赤毛の少年は,逃げ道を探すように視線をさまよわす.
イスファスカ・トーン・シグニア,この少年はシグニア王国の第二王子である.
そしてマイナーデ学院八年生の中心的人物,いや,平たくいえば悪だくみのリーダーでもあった.
身分差別をする気にくわない教官の授業を皆でボイコットしたり,堅物で有名な教官の誕生日にサプライズパーティーをしたりと,彼らのやったイベントのほぼすべてがイスカの企画立案である.
学院長に「悪がきどもが!」とどなられながら見守られ,勤めの長い教官に「君たちのような学年は初めてだ.」とあきれながらもおもしろがられ,彼らの学生生活はひたすらに楽しいものだった.
しかしそれももう,終わりを告げる.
この学院を卒業したら,イスカのことは殿下と呼ばなくてはならないだろう.
ここは,一種の楽園だったのだから.
「好きだから好きって言っているのに,どうしてこんな,ひねくれたとらえ方をするのよ!」
少女の剣幕に,さすがに少年の方でも道化を演じられなくなってくる.
「キーリが変なことを言うから悪いんだろ!」
子どものようにどなり返す.
「好きって何だよ!? まさか俺と結婚したいのか!」
自分の純粋な想いを疑われて,少女はかっとなって少年のほおをぶった!
「あんたなんか,大っ嫌い!」
卒業を一か月後に控えたある日,キーリはイスカに告白をした.
それで,この恋を終わりにするつもりだった.
いくら身分解放が歌われる世の中とはいえ,下級貴族のキーリと王子のイスカでは身分がちがいすぎた.
それなのに,想い人の少年ときたら,
「王子を口説けと親に命令されたのか? 大変だなぁ,キーリも.」
まずは,少女の意志を疑い,
「え? 命令じゃない? 熱でもあるのか?」
次は,少女の正気を疑い,
「あぁ,俺もキーリのことは好きだよ,俺たちはいつまでたっても友だちだ.」
しまいには,勝手に話を友情にすげかえる.
「この馬鹿,アホ,まぬけ,うすらトンカチ!」
キーリはどんどんと,イスカの胸をたたいた.
「いた,痛いってば,キーリ.」
少女の剣幕に,少年は本気でとまどう.
「落ちつけ,」
はっと少年は気づく,少女の瞳に涙がたまっていることに.
「ご,ごめん,キーリ!」
少年はあわてて,慰める方向に行動を切り替えた.
女性の涙ほど,イスカをつらくさせるものはない.
「なにが,ごめんよ!? 馬鹿ぁ!」
どかっと少女のこぶしが少年のあごにヒットする.
ふらぁっと倒れゆく少年にはかまわずに,少女は「もう二度と顔も見たくない!」と泣きながら走り去った…….
翌朝,マイナーデ学院の八年生の教室にて,
「よぉ,イスカ,昨日,キーリと派手にやり合ったんだってな.」
少年はぶっす~とした顔のままで,クラスメイトたちにはやし立てられた.
「下級生がおびえていたぞぉ,王子様らしくもっとお上品にしろよ.」
イスカとキーリがケンカすることなど,マイナーデ学院では日常茶飯事だ.
「さっさとキーリに謝りにいけよ,イスカのせいで女子どもが怖ぇ怖ぇ.」
教室の右前あたりにたむろっているイスカたちに対して,クラスメイトの女性陣は左後ろに陣取っている.
少年はちらっと視線を送り,キーリの様子を探った.
眼鏡をかけた亜麻色の髪の少女は,少年と目が合うとつんと視線をそらす.
か,かわいくね~~~~~.
「で,今回のケンカの原因は何なんだ?」
何気ない問いかけに,少年はぎくりと顔をこわばらせた.
「……あぁ,ちょっと,な.」
われながらまずい返事だったらしい,クラスメイトたちの瞳がゴシップに輝きだす.
「何だよ,意味深じゃん!」
「あぁ,ちょっとなって,かっこつけすぎ!」
「まさかイスカのくせに,俺たちを置いて先に大人になっちゃったのか!?」
「ち,ちが……,」
あまりの剣幕に,渦中の少年は口を挟めない.
するとがたんと音を立てて,後ろの席の少女が立ち上げる.
ちょうど始業のベルが鳴り渡り,少女は心配する女生徒たちの声を背に教室から出て行ってしまった.
「追いかけろよ,イスカ.」
友人にささやかれて,イスカも立ち上がり,少女を追いかける.
教室のドアをくぐるとき,一時限目の教官とすれちがい,
「おいっ! こんなにも堂々とさぼるな!」
少年の方はどなり声を背に,廊下を駆けていった.
すぐに少女に追いつき,しかし少年はなんと言っていいのか分からずに,ただ少女についてゆく.
少女も後をつける少年の足音に気づいたが,知らんふりを続けた.
ただ二人黙って無人の廊下を歩き続け,校舎から出てゆく.
東校舎の裏手まで来るとさすがに少女は無視していられなくなり,いらだたしげに振り向いた.
「何か用なの!?」
少年は困り果てたように頭をかく.
「いや,みんなが追いかけろって……,」
この少年らしくない,あやふやな言い方だ.
「私を好きなら追いかけて! 好きじゃないなら追いかけないで!」
少女はぷいっとそっぽ向いて,再び少年に背を向けた.
するとぐいと後ろ手をつかまれる.
「キーリ!」
強い調子の声に反して,少年の顔は泣き出しそうなものだった.
「俺たちは,卒業してもこのままだろ!?」
「変わらない,……変わりたくないんだ!」
すがるように泣きつかれて,少女は言葉に詰まった.
自身の激情に気づいて,少年はさっと少女の手を離す.
思わず吐き出されてしまった自分の本音に,少年自身が一番驚いている.
「俺たちは,友だちだろ?」
うつむいて,少年は聞いた.
そらされている少年の視線が,悲痛なまでに肯定の返事を求めている.
「そうよ,」
無表情に,少女は少年の望む答えをつむいだ.
誰よりもこの少年のことを愛しているから,
「私たちはずっと友だちよ,……私は卒業してもイスカのそばにいる.」
にっこりとほほえんでみせる,卒業を,別れを恐れる少年に向かって.
ほっとしたように,少年が顔をゆるませた.
「私の家は王都にあるから,だから安心して.」
「カイゼは王宮騎士になるし,リィンは政務官の見習い,ヤギーとザイヌは中央官吏.」
誰よりも,この学院を卒業したくないのはこの少年.
「みんなイスカのそばにいるよ.」
まるで母親のように,そっと少年の大きな体を抱きしめてやる.
自分の胸を刺す痛みなどどうでもよいと思える,少年の嵐のような告白の前では.
「ごめん……,」
何に対してか,少年は謝った.
「俺はキーリがいないと駄目なんだ.」
ぎゅっときつく抱きしめられて,少女はみずからの想いを封じこめる.
容姿に対するコンプレックスで,恋に臆病になる少女とはちがう.
少年は,恋というものに嫌悪と恐怖を抱いている.
それは少年の生い立ちを考えると,仕方のないことではあるのだけれど…….
少年は少女が越えることのできる壁を乗り越えることができない.
たとえ二人をつなぐ糸がその名を持っていたとしても,少年は目をつぶり続けるだろう…….




