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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
魔術師の戦い
61/104

10-3

「母親の命が惜しかったら,おとなしくしろ.」

タウリに剣を突きつけられている女性は,ライムにとってまったくの見知らぬ人物だ.

「こんな茶番に付き合えるか!」と,少年は口を開こうとしたが,女性の瞳が助けてほしいと訴えていることに気づいてしまう.

彼女は蒼白な顔色で,遠目にも分かるほどに震えている.


「その人を放せ,無関係だろう.」

深緑の瞳に怒りと侮蔑をにじませて,少年は低い声を出した.

彼女が「助けてくれ!」と叫んでいるのならば,これは単なる演技だと疑うこともできた.

しかし彼女は何も言葉には出さない,わざとらしく「私のことは気にしないで.」とも言わない.

ただの民間人だ,おそらくリーリアに容姿が似ているというだけで連れられてきたのだろう.


金の髪の少年は,持っていた白銀の杖を乱暴に投げ捨てた.

これはマイナーデ学院をたつときに,祖父が持たせてくれたものである.

周囲の兵士たちが,おそるおそる少年を囲む輪を小さくしてゆく.

人質の母親役である女性が,泣き出しそうな目をして少年を見つめる.

歯がかちかちと合わさって,「ごめんなさい.」と言葉ならずに伝えている.

「マントもだ.」

父親の命令に,少年は分厚いマントを脱いだ.

地面に落とすとガシャンという音が鳴る,少年はまだまだ魔法具を隠し持っていたらしい.


これでやっと安心したのか,十数名の兵士たちが少年の首に剣を突きつける.

「さぁ,その人を放せ.」

少年は父親を,ぎっとにらみつけた.

ぐるりと一周,刃を向けられながらも少年の勝気な瞳は光を失わない.

「すばらしい孝行息子だな.」

いやらしくひらめく,タウリの口もと.

「芝居はもういい,さっさとその人を解放しろ.」

もはや用なしとばかりに,タウリは女性を放す.

女性はとまどった視線を少年にさまよわせてから,さっと逃げ出した.

「さすがはシグニア王国金の末王子,たかが一人の平民のためにつかまるとは.」

親子の舌戦は見守らずに,ティリア王国の指揮官たちは敵を迎え撃つべく前線へと走る.

「あんただって,そうだったのだろう?」

組織的な反撃をされたら,シグニア王国に勝機はない.

「遠い昔の話だ,ライゼリート.」

もともと,絶対的な数がちがうのだ.


すると,つと金の髪の少年は妙な顔になった.

「なぁ,イス,……赤の第二王子が,俺を危険な目にあわせると思うか?」

いきなりすぎる話題の転換.

「はぁ?」

タウリのまぬけな声に,兵士の悲鳴が重なる.

少年の首を狙っていたはずの刀剣が,どろっと溶け出す.

「な,何だ!?」

まるで熱せられた鉄のように,溶解してゆく.

「あ,あつっ……,」

「ひぇ!」

だた立っているだけの少年の周囲に,充満する魔力.

圧迫感さえも感じさせ,大気も色づかせるほどに.

「俺はここだ!」

少年の声にこたえるように,空気がびりびりと震える.

その振動に,兵士たちは耐え切れずにあとずさる.

「サリナ! 来い!」

瞬間,ティリア王国軍陣中に巨大な炎の竜が顕現した!


「うわぁああ!?」

「逃げろ!」

いったいいかほどの大きさか,大地から溶岩が噴き出すように.

しゃく熱の炎を燃え上がらせ,熱波が兵士たちを襲う.

幻獣,ここまで圧倒的な力を持つとは……!

まろび転び逃げ出しながら,背後を振り返ると,すべてが染まる朱の色.

大きすぎる力の柱が,軍の中心である司令部にそそり立つ.


対抗などできるはずがない,そばにさえ寄れない.

踊り狂う炎に,司令部は逃げ惑うだけの無力な集団と成り果てる.

北東の方角からは,兵士たちを追いやりながらシグニア王国の魔術師たちが攻めて来る.

もはや前線部隊は完全に敗走している.

駄目だ,負けた……!

誰もが思った,そのとき,


ふっとかき消される炎の竜.

ただ二人の少年少女だけを残して.

見ると,最初からいた幻獣も消えている.


国王が……!

ライムは突然の喪失感にぼう然とするサリナを抱き寄せて,白銀の杖を呼ぼうとした.

「われ,失われたる,」

しかし無防備になった少年の背中を,

「ライゼリート!」

金の髪の男が襲う.

「ライム!」

とっさのことに少年は反応できない,薄茶色の髪の少女が二人の間に割って入る.

「馬鹿!」

少年の声が青ざめる,少女の身体が金の光に包まれる.

守護の魔法具,少年が少女に渡した水晶の砂時計.

「なっ!?」

タウリがひるむ,

その一瞬のすきで十分,冷静さと杖を取り戻した少年は,父親の肩をどんと打った!


「くっ……,」

どすんとしりもちをつき,しかしそれでもタウリは,すぐさま起き上がろうとする.

すると鼻さきをびゅんと大きな矢がかすめる.

「ライム!」

矢を放ったらしい赤毛の男が叫ぶ.

いつの間にか,まわりはシグニア王国の魔術師たちばかりだ.

幻獣などいなくても,シグニア王国軍の勢いは止まらない.

いや,とめさせないのだ,この赤毛の男が.

見事としか言いようのない魔術師の連携プレイで,個々人でしか戦えない剣士たちを倒してゆく.

負けを認めたティリア王国軍の兵士たちは,みじめに追い立てられてゆくだけだった.


「父上.」

決別の意をこめた息子からの呼びかけに,タウリは顔を向ける.

「何年ぶりかぞんじあげませんが,」

深い緑の,母親と同じ色の瞳が別れを告げる.

「王都へとご招待します.」

初めて会った父親,何の感情もわかなかった.

少年が父親として憎み愛していたのは,血のつながらない国王だけだった…….


三度目の戦闘で,ティリア王国軍はシグニア王国領土内から完全に追い出された.

兵士たちは赤の第二王子の強気な用兵にほんろうされ,指揮官たちは金の末王子のたくみな魔術のために,まったく自分たちの役割を遂行できなかった.

三万もの兵士たちを引き連れてきたにも関わらず,実際に戦闘に加わったのは七千から八千名ほど.

そして戦場でまともにみずからの腕を発揮できた兵士は,その半数にも満たない.

数の優位さを,まったくいかせなかったのだ…….

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