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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
魔術師の戦い
59/104

10-1

どんよりと雲が重く,のしかかってくるようだ.

今にも雨が降り出しそうな空模様に,金の髪の少年は好都合だと思った.

「完全武装だな,ライム.」

背後から,兄がからかいの言葉をかける.

黒装束に身を包み,同じく黒のマントをはおった少年は振り返った.

「何か,策があるんだろ? 兄貴.」

不機嫌そうに問いかける,少年の額に巻かれた長いハチマキも黒.

黒一色の衣装は,シグニア王国軍の魔術師の特徴である.

戦場では他国のものから,黒い悪魔と称される.

「何にもないぜ,弟の活躍を期待して待っているだけだ.」

赤毛の青年は,にやっと笑った.


「うそつけ,てめえが俺を危ない目にあわせるわけがないだろ?」

とんでもないうぬぼれに満ちたせりふだが,少年はまじめな顔で言い返す.

この兄から肉親の愛情を注がれていることを,今ではちゃんと分かっている.

「いやいや,かわいい弟には苦労してもらわないと,……ライム,せんべつだ.」

おどけて肩をすくめた後で,イスカは弟に大きな剣を手渡した.

「一応,由緒あるものだ.」

さやには宝玉がいくつも埋めこまれていて,あまり実用的であるとは言いがたい.

しかし一目で王族の持ちものだと分かる,これが何より少年の身分を周囲の者に知らしめるだろう.

「……重いな.」

顔をしかめて,少年は産まれて初めて剣を腰にさした.


朝,サリナは産みの母親であるエリナの墓参りに出かけた.

今度は父親と一緒ではなく,ただ一人きりで.

村はずれにある共同墓地は,死者をいたむ祭りの日でもないかぎり閑散としている.

一人でもの思いに沈むには,絶好の場所だった.

左腕にはめた銀の腕輪を眺め,少女はため息を吐く.

信じられないし,信じたくなかった.

この国王の名の刻まれた腕輪を…….


家に帰ると,母親がまるで夜逃げでもするかのように家の中をひっくり返していた.

テーブルの上には干し肉などの保存食,床には衣服,布団等が散乱している.

「どうしたの? お母さん.」

ただごとではない様子に少女がたずねると,母親はこわばった顔を向ける.

と同時に隣の部屋から,父親がやってきた.

「黙っているのはひきょうだよ,キティ.」

父の言葉に,母は二,三瞬迷ってから口を開いた.

「今,村の広場に軍隊の兵士が来ているの.戦場が近くなったから,いつでも逃げられるように準備をするように…….」


「戦場?」

少女はまゆをひそめて問い返す.

戦場が近くなった? 戦場からここまで馬で半日以上かかったのに.

「昨日,王国軍は負けたらしい.」

母親に代わって,今度は父親が答えた.

「負け……,」

少女の脳裏に,暗い森の中で血にまみれた少年の姿がよみがえる.

かまいたちの風の魔法,まるで糸の切れた操り人形のように倒れた少年.

「それでここまで追いやられて,……サリナ!?」

最後まで聞かず,少女は家の中から飛び出した!

「ライム!」

たとえ姉弟だとしても,私は…….


走って村の中心へたどり着くと,確かに広場に人だかりができている.

大勢の村人たちに囲まれている,薄水色の髪の青年.

兵士というよりは駆け出しの学者のようであり,落ちついた穏やかな雰囲気を持っている.

彼の名は……,

「スーズさん!」

少女は人ごみを押しのけて,長身の青年のもとへと駆け寄った.

ライムの付き人,少女にとっても兄のような存在だ.

「サリナ!」

名を呼ばれた青年は,にこっと優しい笑顔を見せる.

少女が自分の名を呼んだということは,

「よかった,殿下のことを思い出したのだね.」

周囲の村人たちが,サリナとサリナの知り合いらしい兵士に驚きの視線を送る.

なんだ? マイナーデ学院での知り合いなのだろうか?

「はい,ところどころですが,……そんなことより,ライムは無事なんですか?」

すがりついてくる少女に,青年はさりげなく少女を驚かすことを口にした.

「なら,殿下と君が姉弟ではありえないことも思い出したかい?」

「え?」

まったく予期していなかった返答に,少女の表情が止まる.

その顔に,青年は予想どおりだとほほえんだ.

少年から両親に反対されたという話を聞いたときに,もしやと思ったのだ.


「くわしいことはライム殿下に聞いてごらん,殿下は戦場だ.」

少女は抜け落ちた記憶を探るのだが,目当てのピースはなかなか見つからない.

姉弟ではない? 国王の子どもではない?

……俺は国王陛下の,……子どもではない.

「あ……,」

それは一生忘れないと誓ったはずの,少年からの大事な告白だったのに.

動揺する少女に追い討ちをかけるように,青年は言葉をつぐ.

「もし君がライム殿下を大切に想うのならば,戦場へ行ってくれないか?」

そのせりふには聞き覚えがある,いつかどこかで言われた.

王都へと誘われた,……幻獣の儀式のために.

「殿下は一人で敵陣に行ってしまわれたんだ,殿下には絶対的な魔力が足りないのに……!」

とまどう少女に,青年は強く言い寄る.

すると人ごみをすり抜けて,少女の両親らしい男女がやってくる.

「あんた,娘に何を,」

強引に割りこみ,サリナと青年を引き離そうとする.

彼らの大事な娘が,見知らぬ男に取られようとしているのだ.


「お願いだ,サリナ.」

お願い,サリナちゃん,正気に戻って.

しかし青年はかまわずに,ただ少女だけに向かう.

「ライム殿下には君の力が必要なんだ!」

ライゼリートにはあなたの力が必要なの!

それはキーワード,少女が魔法を発動させるための.


とたんに少女の体が,ぼっと炎に包まれる.

「サリナ!?」

母親が悲鳴をあげ,父親がスーズにつかみかかる.

「てめぇ……!」

少女の輪郭はぼやけ,炎をまとう竜が空に舞い上がり溶けこんでゆく.

彼らを囲む村人たちは,ただあぜんとしてそれを見送った.

「サリナなら大丈夫です.」

スーズは落ちついて,胸ぐらをつかむ男の手を取る.

「ライム殿下がけっして,危険な目にはあわせません.」

戦場,けれど少女はもっとも安全な場所へと跳んだのだ.


「私は,あなたがたの誤解を解きに来たのです.」

できるだけ彼らを安心させるような笑顔を見せて,スーズはほほえんだ…….

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