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いらだち

「イスファスカ,お前は私のたった一人の孫だ.」

母さんが死んだ.

「たとえもう二度と会うことがなくても.」

よぼよぼのじじいがやってきて,第一王子である親父に襲いかかってきた.

「覚えておいてくれ,」

すぐに兵士に捕らえられて,じじいは叫んだ.

「いついかなるときも,私はお前のことを想っている.」

王子が娘を,……つまり俺の母さんを殺したと.


うぜぇ.

マイナーデ学院学長室で,俺はいささかわざとらしいあくびをする.

「ライム,君のお兄さんだよ.」

外見,金髪美少女,その正体は俺の腹ちがいの弟.

王子ライゼリート,あのリーリア様の子どもだ.

「あいさつをしなさい.」

じいさんの目じりは情けないぐらいに下がっている.

……つうか,じじい.

初めて会ったばかりと言ったわりには,速攻で愛称かよ.


「は,初めまして…….」

美少女,もといライゼリートはおどおどと視線をさまよわす.

「イスヒャ,……イスファ,ゥカ,あ,兄上.」

俺は遠慮なく吹き出した,ライゼリートは真っ赤になってうつむく.

ばっかじゃねぇの,このガキ.

緊張しすぎだっての.


「仲よくしてやってくれ.」

じいさんの顔は大まじめだ.

目が笑っていない.

「……なぜだ.」

俺は思わず口にしてしまう.

あのリーリア様の子どもとなんか,仲よくできるわけがないだろ.

「私のたった一人の孫だ.」


王族暗殺未遂で,俺のじいさんの処罰はすぐに死刑と決まった.

さすがに同情してくれたのか,ろう屋の番人の兵士が俺とじいさんを引き合わせてくれた.

じいさんは俺を見ると泣き,俺が名乗るとさらに泣き,俺が城から出たいというともっと泣いた.


「イスカ! 危ないわよ!」

背を打つ女の声に,俺は振り返った.

「何だよ,キーリ.」

クラスメイトのキーリである.

回想から現実へ,こいつの声はすぐに俺を呼び覚ます.

「落ちちゃったらどうするのよ,ここは三階よ!」

気が強いくせによく泣くやつで,……こいつのことを考えると,ときどきだけどすげぇしんどいときがある.


俺は仕方なしに,腰かけていた廊下の窓から降りた.

キーリはほっと息を吐くと,

「……私,あんたが最近,いらいらしている理由が分かっちゃった.」

いきなり顔を近づけてきた.

「……何だよ?」

逃げるのもしゃくなので踏んばって,キーリの澄んだ瞳を眼鏡ごしに見つめる.

優しげな顔だち,柔らかな亜麻色の髪.

俺の,……守りたいものだ.


キーリは少し迷った顔を見せてから,口を開いた.

「入学するからでしょ,……ライゼリート王子が,」

とたんにキーリはびくっと身体を震わせる.

キーリの反応に,俺は自分が何をしようとしたのかを知る.

右腕を振り上げて,俺は,

俺は,キーリを打とうとしていた!


「イスカ!?」

キーリの声が追いかける.

俺はわけもわからずに,廊下を駆け出した!


じいさんの処刑は,王子の恩情とやらでなぜか中止になった.

「お前は私の孫だ.」

城から追い出されるようにして,じいさんは解放された.

「王の一族なんかじゃない,私の孫だ.」

去りゆく小さな背中を,ひとり残された城の中から見送った.

「愛しているよ,ずっと…….」

ろうの鉄格子から伸ばされた手,乾いた手のひらが俺の頭をなでた.


親父のことも,母さんのことも,じいさんのことも.

俺には重すぎて,ずっと忘れたいと思っていた.


「イスファスカという名の意味を知っているかい?」

誰が教えてくれたのか,忘れた.

「おのれへの誇りだ.」

確か,僕も解放奴隷なのだよと言っていた兵士だ.

「がんばって生きようじゃないか,僕たちはさげすまれる存在ではないはずだ.」


この名の意味も,奴隷であるということも.

忘れていられたんだ,この学院に入学してからは.


「なれなれしくしないでくれるかな,奴隷のくせに.」

いかにも病人のような兄.

「私,あなたのことをけっして兄とは呼びませんわ.」

いかにも貴人のような妹.


こっちが無視しておけば,けっして関わってこない.

だから俺は,何も見ないふりをしてきた.

忘れていた,城のことなんか.


仲よくしてやってくれ.

金の髪,深緑の瞳.母さんを追いつめた女.

「……できるわけ,」

赤い,真っ赤だ,

「ないだろう!?」

母さんが死んだ,母さんの血は真っ赤だった.

俺の母さんが死んだ……!

「イスカ!」

暖かく受けとめてくれる腕に,

「イスカ,落ちついて.」

俺はしがみついて,子どものように大声で泣き出した.


「……あれ?」

暗い部屋の中で,俺は目覚めた.

寄宿舎のベッドの中で,俺は眠っていたらしい.

「夢……?」

金の末王子が入学してきた夢を見ていたのか? あのリーリア様の子どもが.

目がはれぼったくて,妙にすっきりとした心地がする.


最近,しょうもないことでうだうだと悩んでいたような気がする.

う~んと伸びをして,

「うわぁあ!?」

俺は同じベッドで眠るキーリの存在に気づいた.

「な,なななななな,何で!?」

ざっと血の気が引く,さっと記憶が戻ってくる.


俺はキーリに抱きついて,廊下で大泣きし,騒ぎを聞きつけてやってきた教師やクラスメイトたちが何を言っても耳を貸さずに…….

……おそらく泣きつかれて眠った俺を,皆でベッドへ運んでくれたのだろう.

そしてキーリがここにいるということは,きっと俺はずっとキーリのことを離さなかったにちがいない.


「やばい,やばいぞ!」

俺はのん気に眠るキーリのほおをぺちぺちとたたく.

「朝帰りになるじゃねぇか.キーリ,起きろ!」

するとキーリはうっすらと瞳を開く.

「……大丈夫よ,」

「な,何が大丈夫なんだ!?」

寝ぼけたままで,キーリは俺を抱き寄せる.

「だから落ちついて,イスカ.」

ぽんぽんと背をたたいて,……お,落ちついていられるか!?


「俺はもう落ちついた! だから離せっ,キーリ!」

明日からどんな顔をして,学院に行けばいいんだ!?

悪友としか言いようのないクラスメイトたちの,はやしたてる言葉が容易に想像できる.

学院長,つうかひげじじいの説教が容易に想像できる.

ラルファード兄とイリーナの嫌味ったらしい視線が,容易に想像できる.


「落ちついて,イスカ.」

小さな手でなでられて,なだめられてゆく心.

ライゼリートの不安そうな顔が思い起こされる.

「みんな,あなたの味方だから.」

壮絶な気持ちよさに,眠気が襲ってくる.

「分かった,分かったから,……てゆうか知っているから,離せ!」

あのガキ,なんて愛称だったっけな.

ラ,ラ,ラ,……ライゼ?


「王子でも奴隷でもない,あなたの味方だからね.」

面倒みてやらなきゃな,……弱そうだもんなぁ,見るからに.

「私が,守ってあげるから……,」

それにじいさんの頼みだし.

……そうだ! あいつの面倒をみると,じじいに貸しが作れるじゃねぇか!

やったぜ,俺.

これで説教の回数も,減るに,ちがい,……ない.……はず?


……いついかなるときも,私はお前のことを想っているよ.

イスファスカ…….

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