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主従

「……ったく!」

マイナーデ学院の廊下を,少年はあわただしく走り抜ける.

「なんてタイミングの悪い.」

ひょろひょろと背ばかりが高い,薄水色の髪をした少年だ.


一年生の教室と図書室の中を探し終えると,もうスーズには主人の居場所に心当たりがなかった.

「なぜ,僕は……?」

息を切らして立ち止まり,少年は自問自答する.

どうしてこんなにも必死になって,ライゼリートを探すのかと.


スーズは,今年十六歳になる解放奴隷の少年である.

マイナーデ学院学院長コウスイに,両親とともに仕えていた.

最初は奴隷として,奴隷解放後は給金をもらう使用人として.

当時,大部分の貴族たちは給金を支払うことを嫌がって,解放奴隷たちを解雇した.

しかしコウスイは誰一人として追い出したりせずに,そのまま仕えることを許してくれたのだ.

しかも,子どもたちには学校へも通わせてくれた.


まさに理想のご主人様である.

学校へ行き,文字や簡単な魔法を学びながら,スーズは一生この主人についていこうと決めていた.

子どもながらに,一生涯コウスイにつくしていこうと思っていたのだ.

しかし少年の夢は,意外なところで打ちくだかれる.

「私の孫が帰ってきたんだ.」

老人の目には,うっすらと涙が浮かんでいた.


マイナーデ学院入学のためにやって来たライゼリート王子は,あっという間に邸のアイドルとなった.

王子自身は慣れない環境におどおどとしていたが,コウスイも妻のカレンも目に入れても痛くないほどに溺愛した.

もちろん邸の使用人たちも,王子の滞在を心から歓迎した.

彼らの恩義ある主人が,娘のリーリアがいなくなってから初めて,声を上げて笑っているのだから.

王子も少しずつ打ち解けてきて笑顔を見せるようになり,邸中の人間はすっかりとこの王子に夢中になっていた.


寄宿舎に入るまでの十日間を,王子は邸で過ごした.

その間,スーズは王子と言葉を交わしたことはない.

言いようのない嫉妬心が,少年を捕らえていたからだ.

ただ孫というだけでコウスイらの愛情を一身に受け,邸中の人々の関心を集めている王子に対する.


なのに,コウスイはスーズに頼んだ.

「ライムに,ついてやってくれないかい?」

最初は,何を言われているのか分からなかった.

けれど大切な主人の願いを退けることは,少年にはできない.

「君は優しい面倒見のいい子だ,それに剣の腕も立つ.」

なぜ自分を選ぶのかと少年の心の声を聞いたように,老人はほほえんだ.

「ライムを王子としてではなく,一人の子どもとして見ているからだよ.」


当然,嫌だった.

しかし主人が望むのならと,少年は引き受けた.

もちろんライゼリートとの関係が,うまくいくはずがなかった.

スーズには,ライゼリートの何もかもが気にくわなかった.

一番気にくわないことには,甘やかされて育った王子は食事のときに嫌いな食べものを食べ残すのだ.

解放奴隷であるスーズには,王子のぜいたくが許せない.

あのおめでたい金の髪を,後ろからたたきたい衝動に何度も駆られた.


同じようにマイナーデ学院の生徒についている従者たちと,主人の悪口を言い合っていると,予定調和のようなタイミングの悪さで後ろに幼い王子が立っていた.

「あ……,」

本来ならば怒るべき立場である王子は,泣きそうな顔をして目をそらす.

そしてそのまま,ライゼリートは逃げ出した.


校舎の中を一巡し,スーズはもう一回りしてから,寄宿舎の方を探そうと決める.

窓の外は,すでに日が落ちている.

夕飯を食べそこねてしまったライゼリートは,さぞかし腹をすかせているのではないだろうか.

今日は,王子の好物のホワイトシチューの日なのに.

スーズはうかつにも,食堂のそばの廊下で主人の悪口を言ってしまったのだった.


「誰にいじめられたの? 教えなさいよ!」

暗い廊下を歩いていると,いきなり怒った調子の少女の声が響いた.

「私がライム王子の代わりに怒ってやるから!」

声は,魔法練習室の中から聞こえてくる.

スーズが窓からのぞくと,金の髪の少年がそこにはいた.


ほっと安堵がこみ上げてくる.

王子はしかられた子どものように部屋の隅に座りこんでおり,その隣には王子と同世代の少女が座っていた.

二人の親しげな様子を見ると,おそらくクラスメイトなのだろう.

しかし薄茶色の髪の少女は,王子よりも一回りも体が大きい.

スーズの主君は遅生まれであるために,実は一年生の中では一番のチビなのだった.


まるで姉弟のような二人の様子を見ていると,自然に笑みが浮かんでくる.

そうだ,スーズの主君はまだ十歳の子どもなのだ.

親もとを離されて一人見知らぬ土地に来て,心細いに決まっている,寂しいに決まっている.

優しく接してあげなくてはいけないのだ,ましてやライゼリートは王子である.

王族なのだ,玉座につくかもしれない尊い少年なのだ.

嫌いな食べものを残すぐらい,どうってことはないではないか.

スーズは心を入れ替えて,ライゼリートをおびえさせないようにできるだけ柔らかくノックの音を響かせた…….


そして,数か月後.

ライゼリートを王子として大切にしようというスーズの決意とはうらはらに,ライゼリートは,「食べものの好き嫌いをしちゃ駄目でしょ!」と母親のようにしかるクラスメイトと,「だから背が伸びねぇんだよ!」といじめる異母兄のせいで,すっかり王子らしくなくなるのであった.


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