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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
過去からの呼び声
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9-2

悪い夢を見ているようだ.

少女はふらふらとする足取りで,父に墓地から連れられた.

忘れなさいという父親の言葉,しかし少女の脳裏には少年との思い出があざやかによみがえってくる.

初めて「好きだ.」と言われた日のこと,初めて交わした口づけに,性急に結婚を求められたこと.


高い真昼の太陽が,少女を照らす.

緑なす穏やかな丘の上を歩きながら,少年の瞳の色を想う.

心細げな王子の瞳に故郷をみたとき,少女は恋に落ちた.

「お父さん,私,……信じられないよ.」

そっとつぶやくと,父親が優しく肩を抱き寄せる.

「忘れなさい,」

リフィール王子のこともライゼリート王子のことも,すべては幻だったのだと.

「もともと私たちとは住む世界のちがう方だ.」

けれど,りんとした光を放つその姿.

わが名はライゼリート・イースト・トーン・シグニア,

成人の儀式のとき,大勢の貴族たちの前でみずからの魔力を振るった少年.

国王リフィールの第四子にして,イースト家の血をひく者.

どれだけそばにいても,ライムは王子なのだと感じた.


丘を下ると,家の前では母親が誰か訪問客を迎えていた.

サリナと同じ年ごろの少年少女,母が二人の帰宅に気づくと同時に顔を向ける.

「サリナ!」

赤茶色の髪の,そばかすの少女が大きく手を振った.

「ひさしぶり!」

ほがらかな笑顔を見せて,駆け寄ってくる.

「テンカ!?」

幼なじみの少女に飛びつかれて,サリナは息が止まるほどに驚いた.


「今,キティおばさんに聞いたよ,マイナーデ学院から帰ってきたって!」

帰ってきたわけではないのだが…….

サリナはなんとも言えずに,ただ黙る.

「村長様のところへあいさつに行くでしょ,一緒に行こう.」

抱きついたままのテンカに,サリナは自分でも笑っているのかどうかよく分からない顔で笑った.

「……うん.」

「サリナ,……きれいになったね.」

今度は,同じ髪の色の青年が笑いかけてくる.

「サイガはすっかり大きくなったね.」

見上げるようにして,サリナはほほえむ.

サイガ,テンカ兄妹とは,子どものころはよく一緒に遊んだものだ.


「サリナ,村長様のところへ行きなさい.」

父親が,そっとサリナの背を押して促す.

「うん,……でも,マイ,」

「学院で学ぶことは,もうないだろう?」

ダイは,娘の言葉を強引にさえぎった.

「それから,これはお前が持っていなさい.」

そしてサリナに銀の腕輪を,大事な妹の形見を手渡す.

「あ,はい…….」

手のうちに握りこまされた腕輪を,サリナはあわててサイガとテンカから隠そうとした.

しかし古代文字を読めるのはマイナーデ学院の生徒だけである,サリナは何ともない風を装って腕輪をつけた…….


村の中を歩くと,思ったよりも多くの人がサリナを暖かく迎えてくれた.

平民なのにマイナーデ学院に入学したサリナは,小さな村の中ではちょっとした英雄であるらしい.

中には少女を抱きしめて泣いてくれる人までいて,サリナは心底すまなく感じた.

そして村の中心から少し外れたところにある,こじんまりとした赤レンガの建物.

「学校だよ,サリナ.」

少女の手を引いて,テンカが教える.

「三年前にできたの.私もお兄ちゃんも,文字を書けるようになったよ.」

レンガ造りの学び舎が,サリナにマイナーデ学院を思い出させる.

マイナーデ学院をかわいらしく小型化すれば,こうなるのかもしれない.

「簡単な魔法も教えてくれるし.……王都からきた先生がね,下級貴族の方なんだけどすっごく素敵なの!」

テンカはおおはしゃぎで,サリナの背をばんばんとたたいたのだが,

「……どうしたの? サリナ.」

ただぼんやりとしている幼なじみに,首をかしげる.


「ごめん,なんでもない.」

青い顔色のままで,サリナは校舎を見つめた.

「村長様は学校?」

テンカがうなずくと,サリナは一人で駆け出す.

「ごめん! 一人で行くね!」

「え? どうして,」

追いかけようとするテンカを,兄のサイガがとめる.

「テンカ.キティおばさんの様子,どこか変だっただろ?」

テンカはとまどいがちにうなずく.

一人娘が帰ってきたのだからもっと手放しに喜んでもよさそうなのだが,サリナの両親はなぜかつらそうだった.

「何か事情があって,マイナーデ学院を途中でやめたんだろう…….」


薄茶色の髪の少女が建物の中へ入ると,ひとつしかない教室の中では授業が行われていた.

十歳前後の幼い子どもたちが,一生懸命に文字を書き取っている.

優しげな顔の見知らぬ青年が,一人の生徒に一生懸命にペンの持ち方を教えていた.

きっと彼が王都から来たという教師なのだろう.


せまい廊下を小走りに走りながら,少女は目当ての人物を探した.

すると後ろから声をかけられる.

「誰だい? 今は授業中だよ.」

振り向くと,懐かしい老人が立っていた.

いや,少女の記憶の中よりももっと優しげに老いた老人が.

「村長様!」

老人は驚いて目を見開く.

「私です,サリナです.」

少女は泣きそうな顔で,老人に詰め寄った.

「うそですよね!? 私とライム,……私が,その,」


言葉を迷わせる少女に,老人は悲しみのにじみでるような笑顔でほほえんだ.

「サリナ……,帰ってきたんだね.」

少女は不安に心が破裂しそうになりながら,次の言葉を待つ.

否定の言葉を……,

「すまない,今まで黙っていて…….」

目の前が真っ暗になり,少女は意識を手放した…….


少女が倒れたのとほぼ同時刻.

シグニア王国軍が,ついにティリア王国軍へと攻撃をしかけた.

不意をついての攻撃だったのだが,ティリア王国軍の対応は冷静そのものだった.

簡単にシグニア王国軍を追い返し,また王国領土深くまで侵入を果たした.

総指揮官である第二王子イスファスカは,付近の村人たちに避難するように,兵士たちに伝令を命じる.

その隣では金の髪の少年が,一人黙々と戦いの準備を進めていた…….

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