8-6
「サリナ,本当にサリナなのか!?」
七年ぶりに見たわが子は,もうすっかり大きくなっていた.
長い薄茶色の髪,柔らかく成熟した娘の体つき.
「お父さん!」
見知らぬ少年の腕の中から抜け出し,少女は父の胸の中へ飛びこんでくる.
「会いたかった……!」
なかばぼう然と娘を抱きしめ,次の瞬間,父は家の中に向かって叫んだ.
「キティ! キティ,来い! サリナが帰ってきた!」
妻を大声で呼ぶ,……娘が,彼らの大切な娘が帰ってきたのだ.
そして視線を,再び外へと向けて,
「君は……?」
玄関口でたたずんでいる金の髪の少年に,問いかける.
「俺,……私は,」
少年が答えようとした瞬間,
「サリナ!?」
どたどたと大きな音を立てて,家の中から一人の女性が飛び出してくる.
ふくよかな体つきの赤毛の女性だ.
「本当にサリナなの!?」
夫と同じせりふに,ライムはサリナの両親の仲のよさを感じた.
「お母さん!」
少女の声には半分以上,涙が混じっていて.
再会の喜びに,家族三人抱きしめあってキスを交わす.
少年はたった一人,ぽつんと取り残された.
ふとサリナの父親と目が合うと,父親ははっとしたように顔をこわばらせた.
「ライゼリート殿下……?」
「え?」
父親の声に,サリナはふしぎそうに顔を上げる.
「まさかこんなにも早くにいらっしゃるとは,」
父親はとまどう娘を背に隠し,金の髪の少年に対した.
「あなた様からのお手紙,拝見いたしました.」
「お父さん,何を言っているの?」
少女が背後から呼びかける.
「サリナ,お前の手紙も読んだ.」
父親は娘に向き直って,しっかりと彼女の両肩を抱いた.
「あきらめなさい,殿下のことは.平民と王族では身分がちがいすぎる.」
「王族って……!?」
少女があまりにもとまどっているので,父親もとまどう.
「サリナは俺のことを忘れているんです.」
殿下と呼ばれた少年が,彼ら二人に口を挟む.
まるで自身に非があるかのように,すまなさそうな顔をして.
「魔力を暴走させて,」
父親は再び娘を背中に隠した,そして母親が娘を守るように抱きしめる.
「殿下,申し訳ございませんが,サリナのことはお忘れください.」
記憶がないなら好都合だといわんばかりに,父は早口でしゃべった.
「サリナにも,夢でも見たのだと言い聞かせます.」
「待ってください,身分のことなら,」
かたくなな父親の態度に,少年の方でもとまどいを隠せない.
「無礼なふるまいを,どうかお許しください.」
そして少年を置いて,ドアを閉めようとする.
「お父さん!?」
少女が父親の行動をとめようとする.
「サリナ,お前のためだ.」
しかし少年の目の前で,ドアはばたんと閉ざされた…….
少女は無理矢理に家の中へと引きずりこまれる.
「ライムは私を家まで送ってくれたのよ! どうしてこんな追い返すようなマネをするの!」
自分の話も少年の話も聞かない両親に,少女はいきどおって叫ぶ.
「サリナ! ライムというのはライゼリート殿下のことか?」
少女に対して,父親は怖いくらいに真剣な顔だった.
「殿下……?」
少女は父親の言葉をそのまま繰り返す.
俺は貴族じゃない,少年は確かにそう言った.
「……ということは,王族?」
サリナの顔がさっと青ざめる.
「そうだ,私たちとは身分がちがう.」
「で,でも,」
少女は必死になって言い返す.
「王族といっても,イスカ先輩はまったく身分にこだわらない方だったし,」
王子王子って,俺のことを名称で呼ぶな.
少年の言葉を思い出して,叫ぶ.
「ライムは俺のことを王子と呼ぶなって言ったもん!」
すると両親は痛そうな,そして少女に対して心底,同情しているような顔をした.
「な,何……?」
父母の表情の変化に,少女はおびえる.
「やはりマイナーデ学院に行かせるんじゃなかった…….」
つらそうに顔をそむける父.
「ちゃんと言っておけばよかったのかしら…….」
泣き出しそうな母の顔.
「何の話?」
身分の話では,なかったのだろうか.
少女は震えながら,両親の次の言葉を待った.
「サリナ,お前とライゼリート殿下は血のつながった姉弟なのだよ.」
父のせりふに,少女は「冗談を言って.」と笑おうとしたが果たせない.
あまりにもまじめな両親の顔に,のどが引きつって言葉が出てこない.
「お前が強い魔力を持っているのは,王家の血をひいているからだ.」
魔術大国シグニア,王族の強大な魔力によってたつ国.
「それとイースト家の血筋によるものだろう.昔,教えただろ,父さんは貴族の血をほんの少しだけ持っていると.」
目の前が真っ暗になり,少女はその場で崩れ落ちた.
「私はお父さんとお母さんの子でしょ?」
声が震える,あまりにも信じがたい事実に.
しゃがみこむ娘を,母がやさしく抱きしめる.
「サリナ,父さんには双子の妹がいてな,」
娘を抱く妻ごと抱きしめて,父は語をついだ.
「妹の名は,……エリナ,お前を産んだ母親だ.」
ふらふらとする足取りで,少女は七年ぶりに自室へと戻った.
少女の部屋は母親がいつも掃除しているのだろう,ちりひとつ落ちていないきれいなものだった.
くらくらする頭を押さえベッドに座りこむと,コンコンと窓をたたく音がする.
金の髪の少年が,外から部屋の窓を軽くノックしていた…….
闇に映える金の髪,人形のように整った顔だちに少女は泣きたくなる.
少年はただじっと少女を見つめ,少女が自分のもとへとやって来るのを待っている.
少年がそれを要求するのは当たり前だ,なぜなら二人は将来を誓い合った恋人同士なのだから.
窓を開けると,少女は乱暴に腕を取られた.
そのくせ少年は,優しくほおにキスをする.
「怒られたか?」
心配そうな少年の声に,少女は無言で首を振った.
「サリナ,今は戦場に戻らないといけないから引き下がるけど,」
少年の深緑の瞳が,怖いくらいにまっすぐに少女を見つめる.
「俺はサリナをあきらめないから,必ずサリナの両親を説得してみせるから,」
「それまで待っていてくれ.」
ほおをなでられて,求められる口づけ.
それを断る理由が頭では浮かんでも,心には浮かばない.
ズキリと胸をえぐる痛みでさえ,少年からの熱に流されていった…….
あくる日の早朝.
シグニア王国国境に陣を構えたティリア王国軍に,一通の矢文が届いた.
差出人名は,王子ライゼリート.
内容は,母のためにシグニア王国軍を裏切るというものである…….




