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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
名のない少年
52/104

8-6

「サリナ,本当にサリナなのか!?」

七年ぶりに見たわが子は,もうすっかり大きくなっていた.

長い薄茶色の髪,柔らかく成熟した娘の体つき.

「お父さん!」

見知らぬ少年の腕の中から抜け出し,少女は父の胸の中へ飛びこんでくる.

「会いたかった……!」


なかばぼう然と娘を抱きしめ,次の瞬間,父は家の中に向かって叫んだ.

「キティ! キティ,来い! サリナが帰ってきた!」

妻を大声で呼ぶ,……娘が,彼らの大切な娘が帰ってきたのだ.

そして視線を,再び外へと向けて,

「君は……?」

玄関口でたたずんでいる金の髪の少年に,問いかける.

「俺,……私は,」


少年が答えようとした瞬間,

「サリナ!?」

どたどたと大きな音を立てて,家の中から一人の女性が飛び出してくる.

ふくよかな体つきの赤毛の女性だ.

「本当にサリナなの!?」

夫と同じせりふに,ライムはサリナの両親の仲のよさを感じた.

「お母さん!」

少女の声には半分以上,涙が混じっていて.

再会の喜びに,家族三人抱きしめあってキスを交わす.

少年はたった一人,ぽつんと取り残された.

ふとサリナの父親と目が合うと,父親ははっとしたように顔をこわばらせた.


「ライゼリート殿下……?」

「え?」

父親の声に,サリナはふしぎそうに顔を上げる.

「まさかこんなにも早くにいらっしゃるとは,」

父親はとまどう娘を背に隠し,金の髪の少年に対した.

「あなた様からのお手紙,拝見いたしました.」

「お父さん,何を言っているの?」

少女が背後から呼びかける.

「サリナ,お前の手紙も読んだ.」

父親は娘に向き直って,しっかりと彼女の両肩を抱いた.

「あきらめなさい,殿下のことは.平民と王族では身分がちがいすぎる.」

「王族って……!?」

少女があまりにもとまどっているので,父親もとまどう.

「サリナは俺のことを忘れているんです.」

殿下と呼ばれた少年が,彼ら二人に口を挟む.

まるで自身に非があるかのように,すまなさそうな顔をして.

「魔力を暴走させて,」

父親は再び娘を背中に隠した,そして母親が娘を守るように抱きしめる.


「殿下,申し訳ございませんが,サリナのことはお忘れください.」

記憶がないなら好都合だといわんばかりに,父は早口でしゃべった.

「サリナにも,夢でも見たのだと言い聞かせます.」

「待ってください,身分のことなら,」

かたくなな父親の態度に,少年の方でもとまどいを隠せない.

「無礼なふるまいを,どうかお許しください.」

そして少年を置いて,ドアを閉めようとする.

「お父さん!?」

少女が父親の行動をとめようとする.

「サリナ,お前のためだ.」

しかし少年の目の前で,ドアはばたんと閉ざされた…….


少女は無理矢理に家の中へと引きずりこまれる.

「ライムは私を家まで送ってくれたのよ! どうしてこんな追い返すようなマネをするの!」

自分の話も少年の話も聞かない両親に,少女はいきどおって叫ぶ.

「サリナ! ライムというのはライゼリート殿下のことか?」

少女に対して,父親は怖いくらいに真剣な顔だった.

「殿下……?」

少女は父親の言葉をそのまま繰り返す.

俺は貴族じゃない,少年は確かにそう言った.

「……ということは,王族?」

サリナの顔がさっと青ざめる.


「そうだ,私たちとは身分がちがう.」

「で,でも,」

少女は必死になって言い返す.

「王族といっても,イスカ先輩はまったく身分にこだわらない方だったし,」

王子王子って,俺のことを名称で呼ぶな.

少年の言葉を思い出して,叫ぶ.

「ライムは俺のことを王子と呼ぶなって言ったもん!」

すると両親は痛そうな,そして少女に対して心底,同情しているような顔をした.


「な,何……?」

父母の表情の変化に,少女はおびえる.

「やはりマイナーデ学院に行かせるんじゃなかった…….」

つらそうに顔をそむける父.

「ちゃんと言っておけばよかったのかしら…….」

泣き出しそうな母の顔.

「何の話?」

身分の話では,なかったのだろうか.

少女は震えながら,両親の次の言葉を待った.


「サリナ,お前とライゼリート殿下は血のつながった姉弟なのだよ.」

父のせりふに,少女は「冗談を言って.」と笑おうとしたが果たせない.

あまりにもまじめな両親の顔に,のどが引きつって言葉が出てこない.

「お前が強い魔力を持っているのは,王家の血をひいているからだ.」

魔術大国シグニア,王族の強大な魔力によってたつ国.

「それとイースト家の血筋によるものだろう.昔,教えただろ,父さんは貴族の血をほんの少しだけ持っていると.」

目の前が真っ暗になり,少女はその場で崩れ落ちた.


「私はお父さんとお母さんの子でしょ?」

声が震える,あまりにも信じがたい事実に.

しゃがみこむ娘を,母がやさしく抱きしめる.

「サリナ,父さんには双子の妹がいてな,」

娘を抱く妻ごと抱きしめて,父は語をついだ.

「妹の名は,……エリナ,お前を産んだ母親だ.」


ふらふらとする足取りで,少女は七年ぶりに自室へと戻った.

少女の部屋は母親がいつも掃除しているのだろう,ちりひとつ落ちていないきれいなものだった.

くらくらする頭を押さえベッドに座りこむと,コンコンと窓をたたく音がする.

金の髪の少年が,外から部屋の窓を軽くノックしていた…….


闇に映える金の髪,人形のように整った顔だちに少女は泣きたくなる.

少年はただじっと少女を見つめ,少女が自分のもとへとやって来るのを待っている.

少年がそれを要求するのは当たり前だ,なぜなら二人は将来を誓い合った恋人同士なのだから.

窓を開けると,少女は乱暴に腕を取られた.

そのくせ少年は,優しくほおにキスをする.

「怒られたか?」

心配そうな少年の声に,少女は無言で首を振った.

「サリナ,今は戦場に戻らないといけないから引き下がるけど,」

少年の深緑の瞳が,怖いくらいにまっすぐに少女を見つめる.

「俺はサリナをあきらめないから,必ずサリナの両親を説得してみせるから,」


「それまで待っていてくれ.」

ほおをなでられて,求められる口づけ.

それを断る理由が頭では浮かんでも,心には浮かばない.

ズキリと胸をえぐる痛みでさえ,少年からの熱に流されていった…….


あくる日の早朝.

シグニア王国国境に陣を構えたティリア王国軍に,一通の矢文が届いた.

差出人名は,王子ライゼリート.

内容は,母のためにシグニア王国軍を裏切るというものである…….

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