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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
旅立ちの決意
5/104

1-5

朝の光に少女は目を覚ました.

見知らぬ大きなベッドに,きちんと整理整とんされた部屋.

少女はふと自分にかかっている上着の存在に気づいた.

これには見覚えがある.

少女はがばっと起き上がった.

ライム王子の部屋だ,ここは!


「ふざけやがって……!」

怒りを収めきれずに,少年は部屋の中をぐるぐると歩き回った.

そんな少年の姿を,従者であるスーズが少しあきれた顔で見守っている.

今朝,ユーリが自主的に学院を退学した.

放校処分を言い渡される前に,学院から逃げ出したのだ.

ユーリのいかにも貴族的なひきょうな行動に,少年はいらだっているのだった.


「ライム王子……?」

寝室へと続くドアが開いて,薄茶色の髪の少女が姿を現す.

少女の姿を認めたとたん,少年はどなった.

「この馬鹿! どうしてすぐに俺を呼ばないんだよ!?」

少年の大声に少女はびくんと震える.

「それに部屋だって,結界も何も張ってないじゃないか!」

「ご,ごめ……,」

少女の瞳から,大粒の涙がぼろっとこぼれた.


「ごめん,ごめ……,」

ぼろぼろと少女は泣き崩れてしまう.

怖かったのと,安心したのが一気にきた.

「助け,くれて,……ありがと,う,」

唐突に泣き出す少女に,少年は情けないぐらいにうろたえる.

「な,泣くことはないだろ!?」


すると少年はとんと背中を押された.

「ライム殿下,こうゆうときは黙って肩でも抱いて,」

「変なことを言うな!」

薄水色の髪の青年のせりふに,少年は真っ赤になって言い返す.

と,いきなり少女が顔を上げる.

「王子,手は!?」

逃げる少年の手をつかむ,するとつんと鼻にくるやけどのぬり薬のにおいがした.

「……ごめんなさい,」


神妙に謝罪する少女から,少年はさっと手を取り戻す.

「軽いやけどだ! ……気にするな!」

「でも……,」

ごめんなさいと言いかけて,少女はやめた.

「……ありがとう,ライム王子.」

にこっとほほえんでみせると,少年は照れたようにそっぽ向く.

そんな少年と少女の様子を,おかしそうに青年が眺めていた…….


朝の授業開始のベルとともに,少女は少年の部屋から出た.

きょろきょろとまわりを見回して人がいないのを確認してから,廊下に滑り出る.

こんな場面を誰かに見られたら大変だ,王子の部屋から朝帰りとしか思えない.

少女の後を,薄水色の髪の青年が追いかけてゆく.

「大丈夫ですよ,スーズさん.」

護衛をみずから名乗り出る青年に向かって,少女は笑った.

「たとえ大丈夫でも,部屋まで送らせてくれないか?」

青年はからかうように,ウインクする.

「でないと,殿下みずからが女子寄宿舎までついてゆくと言い出しかねない.」


「そんなことはないですよ.」

少女は顔を赤くして,先へと歩き出した.

「からかわないでください.」

少女の耳たぶが赤く染まっていることに気づいて,青年はぷっと吹き出す.

「もっとうぬぼれてもいいと思うけどなぁ……,」


案内された少女の部屋は,ある意味でスーズに衝撃を与えた.

まるで廃墟のようなのだ,少女が普段生活をしているという一部屋を除いて.

「サリナ,これはいったい……?」

青年はあきれ返った,「掃除くらいしろ!」とどなる主君の声が聞こえてきそうだ.

「ご,ごめんなさい! 広くて手が回らなくて,」

少女は真っ赤になって弁解する,しかしこれらの部屋を改善しようという気はなさそうだ.

「……意外にずぼらなんだね.」

七年間も放置された部屋の隅には,クモの巣まで張っている.

サリナの卒業後にこの部屋を渡される新入生に,スーズは心から同情した.


着替えをするために少女が居室へと消えると,青年は廃墟としか思えない部屋の中を歩き回った.

そして決められた方位の部屋の床に,ローセキで紋様を描いてゆく.

部屋の主である少女を守るための結界魔法だ.

金の髪の少年に頼まれたことだが,本当は少年自身がやりたかったにちがいない.


母親譲りの金の髪に,深緑の瞳.

子どものころは天使のように愛らしかったが,今ではかわいらしさよりも男臭さのほうが目立つようになっている.

十七歳,少年は王家のしきたりに従って,成人の儀式を迎える.

「幻獣……,かぁ.」

青年はため息とともに,言葉を落とした.


シグニア王国の王族だけが持つ守護竜.

強大な魔力,炎をまとう肢体.

周辺諸国がなかなかシグニア王国へ手を出せないのは,この竜のためである.

戦場でこの竜がいかに力を発揮するかを,彼らは身を持って知っているのだ.

……特に南に国境を接するティリア王国は.


「スーズさん,お待たせしました!」

とたとたと薄茶色の髪の少女が駆け寄ってきた.

きちんと制服のリボンをしめて,くせ毛に踊る髪は二つくくりにまとめられている.

「サリナ,昨日の話の続きだが,」

まじめな顔になって,青年は立ち上がった.

「もし君がライム殿下を大切に想うのならば,王都へついてきてくれないか?」

少女はけげんそうにまゆをひそめる.

なぜ自分が王都へ誘われるのか,少女にはふしぎでたまらない.

「ライム殿下には君が必要なんだ.」

身のうちに強大な魔力を秘めた少女.

少女の魔力の秘密を,青年は昨日,学院長コウスイによって教えられた.


「じいさん,」

重い木のドアが乱暴に開けられる.

部屋の奥の机に座していた老人は,ゆっくりと顔を上げた.

「なんだい,ライム.」

少年は怒った顔を隠しもせずに,どかどかと部屋の中に入りこんできた.

さらさらと揺れる金の髪,それは老人に一人娘のことを思い出させる.


少年はばんっと机に手をついて,祖父の顔をにらみつけた.

「なぜ,サリナに幻獣がついているんだ!?」

やはり封印が解けたか,老人は瞳を軽く細める.

今朝,少年からサリナがユーリに襲われたと聞いたときに,もしやそのときに封印が解けたのでは,と思っていたのだ.

「じじい,知っていたんだな? てめえの封印の残り香もしたぞ.」


少年の深い緑の瞳には,あせりが色濃く映っている.

幻獣がいるということ,それは少女がシグニア王国国王の子どもであることを意味する.

幻獣,王家を守護する竜,

「サリナは俺の姉弟なのか?」

王族の強大な魔力は,その身のうちに宿る竜による…….

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