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7-2

こたえなどあるはずもないのだが,メイドは礼儀を守ってドアをノックした.

そして食事をのせたトレーを持って,部屋の中にすべり入る.

部屋では薄茶色の髪の,心をなくした少女がベッドに座っていた.

「リーリア様と同じ病なのかね……,」

もう長年,この城に勤めている年老いたメイドはため息を吐いた.


生きる人形と化した少女.

寒々とした少女の表情に,こちらまでうそ寒くなってしまう.

「やっとリーリア様が逃げられたというのに…….」

国王直属の兵士たちならともかく,ほかの城の者たち,特に身分の低い者たちはリーリアとライムに同情的であった.

リーリアの捜索がなかなか進まなかった原因も,そこにある.

けれど今,リーリアは城への帰路に立ち,息子のライムは城への帰還を果たしていた…….


「お前にもうひとつ,伝えなくてはならないことがある.」

再び兄によって,金の髪の少年は廊下に連れ出された.

戦争のことだろうか,と少年が身構えていると,

「親父が倒れた.」

「え?」

意外すぎる答えに,少年はぽかんと口を開けた.


「心臓の病だそうだ,……長くないかもしれない.」

イスカの苦い表情を見ても,少年はいまだに口をまぬけに開けたままだった.

国王が病で倒れた? 長くない?

「え?」

少年は再び,聞き返してしまう.

少年にとって,あまりにも国王は絶対的な存在すぎた.

永久に,少年の前に立ちはだかる壁であるはずだった.

「今すぐ戦場へ向かわなければならない.……分かるな?」

とまどう弟の肩をしっかりと抱いて,青年は言った.


国王が死ぬ,それは幻獣の一時的な消滅を意味する.

イスカたちが,守護されるべき王の子どもではなくなるからだ.

そしてイスカたちのうちの誰が王位をついでも,彼らには子どもがいない.

つまりシグニア王国は炎の守護竜を失ってしまうのだ.

「親父が生きているうちに決着をつける…….」

国王は,もっとも倒れるべきではないときに倒れた.

赤毛の青年はきりきりと痛みを訴える胸に気づかぬふりをして,冷静に話を続ける.

自分は戦いに勝つためだけに,父の存在を惜しんでいるのだと言い聞かせて.

「今すぐ長距離転移魔法で国境へ飛ぼう.軍の方はガロイ将軍に任せてある.」

王国軍を引き連れて戦場へと向かう予定だったのだが,こうなった以上すぐさま二人だけで,たたなくてはならない.

もちろん軍の方は軍の方で準備ができ次第出発させるのだが,いくら馬で急いでも間に合うとは思えなかった.


「あんなやつ,死んでもせいせいするだけだが,今回だけは別だ.」

イスカは彼らしくない,屈折したことを口にした.

そしてそのらしくなさが,彼が父親のことをなによりも案じていることを弟に教える.

「まさか,……母さんが逃げたから?」

対する少年の声も,親子の情などないはずの男のために震えてしまった.

「それはちがう.」

青年はきっぱりと否定する.


「たまたま時期がかちあっただけだ.」

イスカは弟の腕を引いて,廊下を歩かせた.

「親父に会わせてやりたいが,医者に興奮させるなと言われている.」

そう,ライムはリーリアを連れて城から逃げたのだ.

息子である以上に,国王の最愛の妻をかすめ取った許しがたい盗人でもある.

「リーリア様も,城に来ても会わない方がいいのかもしれない…….」

めまぐるしく変わりゆく事態に,少年はふらふらする足取りで兄に連れられた…….


金の末王子の成人の儀式から,この王宮は常にばたばたと騒動に見舞われていた.

リーリアの失踪,外国からの侵攻,そして昨日,王都を襲った大火事に国王の発病…….

城の者たちは朝から不安な顔を突き合わせ,国の将来をうれう.


病人を看護するように,メイドがサリナに食事を与えていると,ドアが遠慮がちにノックされた.

食事を置いてドアを開くと彼女の予想どおり,そこには金の髪の少年が立っていた.

さらさらと揺れる金の髪,深い緑の瞳は常緑樹の豊かさを思わせる.

少年は黒一色の王国軍所属魔術師の制服を着こんでいた.


「ご出陣,……ですか?」

無礼は承知で,メイドはたずねる.

こんな子どもが戦場に出るなんて…….

「あぁ.」

短く答えて,少年は部屋の中へ入ってきた.

メイドは一礼して,部屋から去る.

彼女にとっては二度目の戦争だ,だからと言って慣れるということはないのだが…….


「サリナ……,」

ドアが静かに閉まる音とともに,少年はベッドに座ったままの少女を抱き寄せた.

「……ごめん.」

動かない少女の表情が,少年をつらくさせる.

本来の少女がよく笑ったり怒ったりすねたりするだけに,余計にこたえる.

「ごめん,ごめんな…….」

普段,えらそうに怒ってばかりだったくせに,少女を守ることができなかった.


少女の薄茶色の髪をなでて,手を入れてすくとさらさらと流れてゆく.

「ライムを連れ帰ったら,お父さんとお母さんは腰を抜かしちゃうかも…….」

ふいに少年はマイナーデ学院で少女と交わした言葉を思い出した.

そのときは王子という身分じゃないから大丈夫だと言う少年に対して,

「そうじゃなくて,……こんなキレイなのをどこで拾ってきたんだ,って言われそう.」

楽しそうに照れくさそうに笑う,少女の笑顔.


「俺は珍獣かよ…….」

糸の切れた操り人形のような少女を腕の中に抱いて,少年はつぶやいた.

「サリナ,」

少年は少女の体を離して,しっかりと瞳を合わせた.

「俺の子どものころの夢は,母さんと王宮を出ることだった.」

少女の淡い緑色の瞳は,少年の顔を映し返すのみ.

少年の母が過去,そうであったように.

「今の夢は……,」

リーリアは,心を失っても少年の言葉は届いていたと言っていた.

「サリナと一緒に,サリナの故郷へ帰ることだから.」


「この戦争が終わったら,サリナを必ず故郷へ帰すよ.」

心を失った少女を両親のもとへ帰す.

絶対的な権力を持って,少年と母を縛っていた国王はもはや何の力もない男になり果てた.

ほおをなでても瞳を閉じてくれない少女の,耳もとに近いほおにキスを落として,少年は少女のもとから去った…….

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