1-4
あきらめきれない恋は誰のせい…….
ライム王子は優しすぎるよ.
歩きながら,無意味にポケットに手を伸ばしてしまう.
薄暗い寄宿舎の廊下を小走りに,少女は自分の部屋へと急いだ.
寄宿舎とは言っても,住んでいるのは生徒ばかりではない.
ここの生徒たちは皆,実家から連れてきた付き人たちとともに暮らしているのだ.
よって部屋も一部屋ではない.
寝室に居間に,使用人用の小部屋までついている.
貴族ではないサリナが使用しているのは,そのうちの一部屋だけである.
残りの部屋はまったく手入れもせずに,完全に放置している.
自分の部屋へと戻り,少女はポケットの中から水晶の魔法具を取り出した.
危なくなったら呼べよ.
ランプの光に水晶を透かしてみる.
王都にいても,……すぐに,
……飛んできてくれるのかな.
少年の言葉の先を考えると,顔が熱くなる.
少女は砂時計をそっと机の上に置いた.
制服のリボンを取り,首もとのボタンを外して,ベッドにばっと飛びこむ.
小さなベッドでごろごろ寝返りを打ちながら,少女は一人でじたばたとした.
好き,大好きだ…….
「ライム……,」
大きな枕を抱きしめて,少年の名をそっとつぶやく.
かなわない,かなうはずなどない.
かなわなくてもいい,けれどこの恋を捨てたくない.
「……サリナ,」
少し傷ついたような少年の声が聞こえた.
「え!?」
少女はあわててベッドから起き上がる.
ぐちゃぐちゃの髪のままで見上げると,ベッドのそばには黒髪の少年が立っていた.
「ユーリ!?」
少女は本気で驚いた.
「な,何? 何の用なの?」
少女はあわてて胸もとのブラウスをかき寄せる.
黒髪の少年が,少女の部屋に潜んでいたのだ.
震える手に,少女は自分がおびえていることに気づく.
「サリナ,部屋には転移魔法防止の結界くらい張っておけよ.」
少年の淡い青の瞳が,昔は友人だったはずの少年の瞳が酷薄に少女を見すえる.
少年は怒り調子の声音で,薄茶色の髪の少女に詰め寄った.
「こんなに簡単に侵入できた部屋なんて初めてだぞ.」
子どものころは一緒に肩を並べて食事をしたり,宿題を見せ合ったりしていた.
「ユ,ユーリ,出てって.」
張り上げようとした声は,情けないほどに震えている.
同じベッドにもぐりこんで内緒話に興じたこともあるが,今と昔では二人の関係がちがいすぎる.
「いくらなんでも悪ふざけが過ぎるよ!」
「サリナ,」
少年に腕をつかまれて,少女は「ひっ.」と悲鳴をあげた.
「お前,ライム王子にばかり色目を使うのはやめろよ.」
「王族がお前を相手にするわけがないだろ?」
今度は優しく,少女をさとすように.
「離して……!」
少女は必死になって,少年の手を振りほどこうとした.
少年の言葉など耳には入らない,今のこの状態がただただ恐ろしい.
「もっと現実的なところを狙えよ,……俺の方を,」
「光よ,古の勇者の栄光を称え,王国の栄華,古の……,」
震える声で,魔法の呪文を唱える.
しかし恐慌状態におちいっている少女の唱える呪文はめちゃくちゃなものだった.
「俺のことを見ろよ!」
視界が反転する,押しかかってくる重みに少女は無我夢中で叫んだ.
「ライム王子!」
とたんに世界が朱に染まる,体の内から熱が放出される.
「うわぁっ!?」
少女にのしかかっていた少年は飛び上がって,少女を解放した!
「サリナ!」
あせった顔の金の髪の少年が,走ってやってくる.
それは少女にとって見慣れた光景,もうこれで安心なのだという合図.
「ライム王子!」
少女は少年の姿を見た,ついで真っ赤に燃え上がる自分自身の両手を……!
「お,王子……,」
少女は信じがたいことに,炎に包まれていた.
けれど少女自身は燃えてはいない,服も髪もただ炎の中に揺らめくばかり.
「何,これ!?」
身のうちを何か巨大な力が暴れまわっている,炎の竜が…….
ライムは,驚きのあまり床に転がっている少年の方をぎっとにらみつけた.
「お,俺は何もしていない!」
黒髪の少年は腰を抜かして座りこんでいる.
「サリナ,炎を収めろ.」
金の髪の少年は一歩ずつ少女の方へ近づいてきた.
少女を包む炎は,木製のベッドへと燃え移りはじめる.
「ライム王子,来ないで,」
ぱちぱちとはぜる炎が,少年の金の髪を揺らす.
自分の身のうちからあふれ出る魔力,しかし少女には制御できない.
「王子が燃えちゃうよ!」
少年は燃え上がる少女に手を伸ばした.
じゅっと少年の手の焼ける音がしたように思えた.
「いやっ……!」
その瞬間,少女は意識を失う.
少年は炎を失った少女をしっかりと胸に抱きとめた.
「凍りつく大地よ,大気の循環をとめよ.」
少女の柔らかな体を抱き寄せ,少年は部屋全体へと燃え広がろうとする炎をにらむ.
「ときを凍らせよ,ただちに静まるがいい!」
ふっとかき消される炎の乱舞.
ついで燃えて黒くなっていた家具も,復元魔法で元に戻した.
「ユーリ.」
炎が消えたのを確認すると,少年は再びユーリに対する.
「放校処分くらいは覚悟してもらうからな.」
金の髪の少年の声には侮蔑がにじみ出ていた.
するとユーリは,目に見えてあわてだす.
「そんなおおげさな,……たかが平民をからかっただけで!?」
ライムの深緑の瞳がかっと燃え上がる.
「この学院では,身分は関係ない!」
ユーリは卑屈な笑みを浮かべて,上目づかいに笑った.
「建前だろ? そんなの……,」
「たとえ建前でしかなくても,」
金の髪の少年は,はいつくばる少年をしっかりと見つめて宣告する.
「処分は建前に則って行ってもらう.」
「そ,そんな……,」
ユーリが何か言いわけをつむぐ前に,ライムは少女を抱いて消えた.
魔力も身分も,そして恋もかなわなかった.
黒髪の少年はがっくりとうなだれる.
……あの光り輝く髪の少年に.