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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
とらわれ人
31/104

6-1

深い暗い森を通り抜けると,それはある.

シグニア王国最大の教育機関.

南には森を,西北には砂れき王国カッパリアとの砂漠国境地帯を臨む.

そしてはるか東側を見渡せば,西ハンザ王国との実質の国境であるミレー山脈が見渡せるのだ.


大きな外門をくぐり,広い前庭に足をかける.

「帰ってきた!」

赤レンガの校舎を見上げて,薄茶色の髪の少女は単純にうれしそうだった.

淡い緑の瞳をまぶしそうに細めて,くせのある髪が軽く風になびく.

サリナは十歳のときからずっと,このマイナーデ学院の中だけで生活をしている.

ある意味,第二の故郷とも言える場所であった.


「じいさんにあいさつに行こう.」

恋人の感動を受け流して,金の髪の少年が一同を促す.

「うん!」

一人だけ今の状況を分かっていないサリナが,元気よくうなずいた.

その隣では,黒髪の小さな少女が胸をつぶさんばかりに緊張し,薄水色の髪の青年が注意深く後方の男たちの動きを見ている.


授業中ということもあり,学院の中は静かだった.

ライムたちはほとんど誰にも出会うことなく,学院長室までやって来た.

先走る心のままに,金の髪の少年は廊下をかなりの早足で歩いてきたので,リーリアとサリナは少し息を切らしている.

ドアのノブに手をかけて,少年は,

「……いるかな?」

付き人の青年にそっとたずねた.

主語は,コウスイではなくコウスイを見張る者たちのことである.

「学院長様は掃除をちゃんとなさる方です.」

青年はしっかりと主君の意図をくんだ.

「今,ここにいるのは,われわれだけですよ.」


「分かった!」

すると少年はノックもせずに,勢いよく扉を開ける.

「じいさん!」

少年の足もとから黒髪の少女が,部屋の中の人物に向かって駆け出す.

「お父様!」

スーズはびっくりしているサリナの手を引いて部屋の中へ入れ,きっちりとドアを閉めた.


「ライ……!?」

コウスイはいきなり帰ってきた孫に,そして抱きついてきた少女に息が止まるほど驚く.

視線を下げれば小さな少女の黒髪があり,懐かしい声が老人の耳に届く.

「お父様……!」

リーリアは父親の足に抱きついて,さめざめと泣き出した.

夢にまでみた会合に,涙が止まらない.

「ま,まさか……,」

老人は信じられないと,声をかすらせ,瞳を見開かせる.


十五日前のことだ,城の兵士たちがやってきて,コウスイに娘の失踪を知らせた.

そして家でも学院でも,監視の視線を老人は感じつづけてきた.

さすがにうっとおしくなって,つい先日魔法で彼らをしめ出したのだが……,


「……リーリア?」

それは,会いたくて会いたくてたまらなかった娘の名前.

「そうよ! お父様!」

とまどいがちに抱き寄せると,少女はさらに強く抱きついてくる.

子どもの泣き声が,老人を一気に過去の世界へと戻した.

十六歳という幼さで,当時王子であった国王のもとへ嫁がされた娘.

病死した妻の葬儀にも出席することが許されなかった娘が,今,ここにいるのだ.


「よく,逃げて……,」

老人が孫の方へ視線を向けると,金の髪の少年は涙ぐんだ顔をさっと隠す.

「ライゼリートが幻獣の儀式に出ると言うから,」

薄水色の髪の青年が優しく,弟のような年齢差の少年の肩をたたく.

「とめなきゃいけないと思って,」

ただ一人,サリナだけが目を丸くしていた.


「いつの間にか,よく分からない魔法でこんな姿になっちゃった.」

涙にぬれた顔で,娘はいたずらっぽく笑う.

とどのつまりリーリアは息子を思うあまり,魔力を自分の身のうちで暴走させ,結果として正気を取り戻したのはいいが,このような幼い姿になってしまったのだ.

「でも,いいの.この姿のままの方が……,」

リーリアの言葉の続き,それは老人にとって必要のないものだった.

不可解な魔法によって,三十五歳から六歳になってしまった娘.

さすがに国王でも,六歳の幼女を妻として召し上げるわけにはいくまい.


「よかったですね,殿下.」

流れる涙を隠そうとする少年の肩を抱いて,スーズは言った.

彼の主君は,やっと母親を取り戻したのだ.

「ライム……?」

ただ一人この状態がさっぱり分からない少女が,少年の涙に薄緑色の瞳をぱちぱちとさせる.


薄水色の髪の青年は,少し楽しそうに笑った.

「ライム殿下,泣いてないで,サリナに説明してあげてください.」

「な,泣いてなんかっ……!」

ただただあぜんとする少女の前に押し出されると,少年は真っ赤になって否定する.

祖父と母親との再会に,思わず目頭が熱くなってしまったのだが……,

「目が赤いわよ,ライゼリート.」

十九年ぶりに再会した父親に抱かれながら,リーリアがからかいの言葉をかける.

泣きはらした深緑の瞳が,少年とそっくりだった.


サリナが,黒髪の少女リリーが実はライムの母親のリーリアであることを教えられたのは,少年の「俺は泣いていない.」という主張をさんざん聞かされた後であった…….


王国歴1203年,シグニア王国王都シーマリーは奇妙なけんたい感に包まれてる.

国の中心である国王が,まったく精彩を欠いているのだ.

原因は明白である,国王の美しい妻リーリアの失踪であった.

今まで国王がどれだけ女性にふしだらであっても,一人の女性を軟禁していても,誰も何も言わなかった.

政務をつかさどる大臣らも,軍務をつかさどる将軍らも,……ただ王の子どもたちだけはちがったが.

彼らから不満や非難が出なかった理由は,王が国政において優秀な指導者だったからに過ぎない.

……しかし今,その優秀さにほころびが生じようとしていた.


静かに,少しずつ.

「親父,入るぞ,」

軽いノックの後,すぐさま国王の執務室の扉を開く.

たくましい体躯を持つ大男,……通称,赤の第二王子イスカである.

「軍から不満の声が上がって,……親父!?」

部屋の中,胸を押さえて座りこんでいる父親.

「どうしたんだ!?」

赤毛の青年は驚いて,父親のもとへ駆け寄った.

すると父親はまゆを寄せて,苦悩を顔に刻んだままで立ち上がる.


「軍は何と言ってきている?」

何ごともなかったように取り繕って,国王は王子にたずねた.

父親の人を寄せつけない態度に,青年ははなじろむ.

「広い王国内をあてもなく,一人の女性は探せない.」

青年は端的に話を要約して伝えた.

「捜索は続ける.」

誰の意見にも耳を貸さない父親に,青年はむっとする.

「俺は国王としてのあんたは尊敬していた.」

公私の別を欠いた一国の指導者,崩れ落ちてゆく一人の男.

「残念ながら,過去形で言わなくてはならなくなったみたいだがな…….」

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