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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
母の肖像
27/104

5-4

「ほぉ,わが敬愛する父王陛下は,そのようなことを考えていらっしゃるのか.」

王城の廊下で,イスカはこげ茶色の瞳を鋭く光らせた.

青年の言葉のとげは,隠しようがない.

「イスカ……,」

王宮騎士の一人である青年カイゼは,あわててまわりを見回す.

彼はマイナーデ学院でのイスカの同級生であり,またたぐいまれなる魔法剣の使い手でもあった.

「はっ,たかが逃げた女をつかまえるために,軍を出動させようとは!」

しかし赤毛の青年は,まったくまわりをはばかることなく王に対する批判を口にする.

シグニア王国第二王子イスファスカは,父王との不仲で有名であった.


昨日,王城から一人の女性が逃げた.

王宮の最奥に捕らわれていた,うるわしき狂気の魔女.

彼女の名はリーリア・イースト,国王リフィールの妻の一人であり,第三王子ライゼリートの母親である.

無人になった部屋はリーリアの魔術により腐敗しており,残された家具に触れると砂のように崩れ落ちた.

いったいどれほどの魔力の嵐が吹き荒れたのか,魔術を禁じられたこの部屋で.

彼女の失踪に,国王はこっけいなほどうろたえた.

そしてすぐさま息子であるライゼリートを疑ったのだが,少年はすでに城から出た後だった.


いくらなんでもタイミングがよすぎる.

急きょ,王城からの出発をはやめた息子に,消えた母親.

少年が母とともに王城から抜け出したのは間違いない.

国王は息子のもとへ騎士を派遣し,そしてマイナーデ学院にも騎士を送り出した.

たとえリーリアが息子とともに逃げていなくても,彼女は必ず息子か,マイナーデ学院にいる父親のコウスイのもとへおもむくだろう.

この二人さえ見張っておけば,網にかかるにちがいない.


そのようにして近衛兵の一部を動かしただけでも,イスカにとっては許しがたいことだった.

なのにその上,王は王国各地に散らばる軍隊に出動を命じたのだ.

とは言っても軍の一部をリーリアの捜索に割くだけだが……,

「周辺諸国にわざわざ,すきをみせるようなものだ!」

しかもまだ王都には,ライムの成人の儀式のためにやってきた他国の使者たちがいる.

彼らの前で,このような無様な姿を見せるなど……!


「くそっ,……いいかげんにしろ!」

イスカはいらだたしげに,どんと壁をたたいた.

友人のカイゼが慰めるようにイスカの肩に手を置くのだが,彼の怒りは収まらない.

「女に狂うのにもほどがある!」

そう,狂っているのだ,国王は.

金の髪,緑の瞳の美しい少女を一目見た瞬間から…….


イスカの脳裏に,一人の女性の姿が浮かぶ.

奴隷であった母親の姿が,当時王子であった国王に捨てられて泣く母親の姿が.

そして王国歴1188年の奴隷解放を待たずに死んだ母親…….


たかが女一人のために,軍を動かした国王.

この甘さにつけこんでくる国が,必ず出てくるだろう.

がんばれよ,ライム.

青年は心の中で,血のつながらない弟にエールを送った.

こんな狂った国王に,お前の大事な母親を奪われるな,と.


さきほどの騎士たちに,つけられています…….

薄水色の髪の青年は,そっと主人の少年に耳打ちした.

金の髪の少年は舌打ちしたいのをこらえて,ぐっと奥歯をかみしめる.

彼らの目的は明確すぎるほどだ.


ついてくるなとどなり散らしたくなる,俺たちを放っておいてくれと.

少年は険しい顔つきのままで,騎士たちの尾行に気づかないふりをする.

青年はさりげなく,ライムと馬に乗るリーリアに間に挟まった.


結局,その日は一日中,少年は険しい顔をしており,サリナはそんな少年を心配そうに見つめ,青年は常に後方に気を配り,そしてリーリアは真っ青な顔色をしたままだった.

夜,皆が床についても,金の髪の少年だけはただ座って闇を見つめていた.


自分を見張る騎士たちの狙いは,息子に会いにやってくるリーリアの捕縛である.

きっとマイナーデ学院の祖父のもとにも,兵士たちは張りついているのだろう.

けれど,別にいい…….

母はリリーのままで,祖父にはこの芝居に付き合ってもらう.

そして辛抱強く,国王が母親をあきらめるのを待てばいい.


「ライム……,」

そっと背中に声をかけられて,少年は厳しい顔つきのままで振り向く.

薄茶色の髪の少女が,悲しそうな目をして少年の方を見つめていた.

「あの……,」

少女は声をかけたが,すぐに口をつぐむ.

この少女だけは事情を分かっていないのだ.


「……私はずっと,ライムのそばにいるからね.」

必死に少年を慰めようと,言葉を探す.

父親が父親ではなく,母親が行方不明になってしまった少年に.

「絶対に離れない,……私は,何の役にも立たないけど,」

「ありがとう,」

少年はぎゅっと少女を抱き寄せた.

今はまだ,この少女には何も言えない.

上手なうそやたくみな演技など,少女には求めない.


このまま,平凡な少女のままでいてほしい.

そしてただそばにいてくれたら,それだけでいい.


「あ,あのね……,」

そのままずっと抱きしめていると,

「そ,そろそろ寝ない……?」

少女が遠慮がちに離してくれと訴える.

「眠れない.」

離したくないと少年は思った.

「だから,俺にも魔法をかけて,」

赤い顔の少女に,その唇に口づけしようとすると,少年は少女にとめられる.


少年の口を手で押さえて,少女は恥かしげにうつむいた.

「やめて,私が眠れなくなってしまう.」

少年がそっと少女の手を口から外すと,

「その,……唇以外なら,」

ほおを赤く染めて,少女は聞こえるか否かの声で答えた.


少年は少女の肩をぎこちなく抱く.

少年の緊張した面持ちに,キスを待つ少女も固くなってしまう.

瞳を閉じて待っていると,ほおに不器用なキスを贈られた.

耳もとでささやかれる「お休み.」の言葉に,口づけされたほおが熱くなる.

素直に最初のキスを受け入れたほうが眠れたのかもしれない.

「……おやすみなさい.」

らちのないことを思いながら,少女は少年のほおにキスを返した…….

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