5-3
朝の光に,薄茶色の髪の少女は目を覚ました.
大きな木の下で,木漏れ日がきらきらと揺れている.
硬い土の寝床でこった体を伸ばして,少女は自分と金の髪の少年だけがいまだ眠っていたことに気づいた.
スーズとリリーは川の方へ水をくみに行ったのだろう,姿が見えなかった.
「ライム,朝だよ.」
少女は少年に声をかける,昨日は王都を出ると同時に妙にご機嫌だった少年に.
「みんな,もう起きているよ.」
すると少年も目を覚ましだす,
「ん……?」
両目をごしごしとぬぐって,起き上がる瞬間の少年のほおに,
「おはよう,ライム.お寝坊さん!」
少女は不意打ちでキスをした.
「朝ご飯の準備をしよう!」
立ち上がろうとすると,
「サリナ,」
少女は少年に腕をつかまれて引き倒される.
「うわっ,」
簡単に押し倒されて重なる唇.
すぐにねだられる恋人のキスに,それを許してしまう自分自身.
長い口づけを終えると,少年はにこっとほほえんだ.
どきっとする少女にかまわずに,少年は涼しい笑顔で,
「おはよう,サリナ.」
朝のあいさつを交わした.
こんなキスがあいさつのわけないじゃん!?
少女がむむっとねめつけると,少年はおかしそうに笑う.
「火をたこう,スーズと母,……リリーは?」
この少年には軽いキスを覚えてもらわないと,自分の身がもたないかもしれない.
「たぶん,川の方じゃないかな.」
ある意味,幸せな悩みごとを抱えながら少女は答えた.
「スーズ,降ろしてってば!」
背の高い青年に抱きかかえられながら,リーリアは叫んだ.
「自分で歩けるわよ!」
リーリアの抗議を,青年は笑って受け流す.
「帰りはちゃんと歩いてもらうよ.行きはリリーを,帰りは水を担ぐだけのことさ.」
青年は危うげなく,森の中の小道を歩いてゆく.
太くない腕で,小さな少女を軽々と運んでいた.
「うぅ,……正直,恥かしいわ.」
少女は真っ赤になって,青年の首に抱きついた.
六歳の少女のませた様子に,青年はどうしても金の髪の少年のことを連想してしまう.
ライムは,大人びた,甘えることのできない子どもだった.
コウスイがやっと会うことのできた孫に向かって,毎日顔を見せておくれと言ったときの少年のふしぎそうな顔が浮かぶ.
なんやかんやと構ってくるイスカにとまどい,サリナの素直な愛情表現に驚き,……スーズはつと,抱きかかえている少女の顔をまじまじと見つめた.
「な,何? スーズ.」
分厚い眼鏡の少女は,おどおどと視線をさまよわせる.
似ている…….
あまりにも似すぎている.
これで血縁を疑うな,という方が無理だ.
まさかこの少女は,少年と血のつながった妹なのだろうか.
それならば,コウスイのもとへ連れてゆくという少年の希望も納得できる.
青年が今度は水を担いで少女とともに戻ってくると,彼の主人である少年は恋人と仲よく火をおこしていた.
金の髪,深い緑の瞳.
人目をひく派手な外見をしていながら,少年の内面は地味なものだった.
どこにでもいる,普通の少年である.
兄のイスカが視野広く全体を見て物事を判断するのに対して,この少年は自分のそばにいる大切なものたちを守るべく行動をする.
自分のまわりのささやかなしあわせだけを守る,……恋人の隣で笑っている少年にふさわしい身分は王子などではなく,平凡な家庭の父親なのだろう,きっと.
ばからっ,ばからっ.
朝食を終え,再び歩きはじめた一行の前に,五,六人の騎馬の兵士たちがやって来た.
シグニア王国,近衛騎士の制服に身を包んだ男たちだ.
「ライゼリート殿下!」
男たちの呼びかけに金の髪の少年はぎくりと顔をこわばらせる.
少年の緊張を敏感に感じ取り,スーズは静かに臨戦態勢を整えた.
「至急,お伝えしたい儀がございます.」
緊迫した空気にサリナはおびえ,リーリアは白すぎる顔をうつむける.
男たちは少年の前まで来ると,すぐに馬から降りてうやうやしくひざをついた.
「何ごとだ.」
内容を分かっていながらも,少年は王子の顔をしてたずねる.
「殿下の母君であらせられるリーリア様が失踪されました.」
騎士の言葉に,サリナとスーズは心底驚いた.
「そんな……,それはまことか?」
少年もあわてて,驚いた顔を作る.
少年の前に頭垂れる騎士は,上目づかいに少年の様子を探った.
「何か?」
少年はわざと,高圧的に聞き返す.
「い,いえ,」
騎士はあわてて,頭を下げた.
彼らの目的は,王子に母親の失踪を伝えることではない.
国王は,ライムが母親を連れて逃げたと疑っているのだ.
しかし彼らが見渡すかぎり,リーリアの姿は見えない.
今,この場にいるのは第三王子ライゼリートとその付き人である青年,そして……,
「殿下,恐れ入りますが,彼女たちは……,」
金の髪の少年は,平然として答えた.
「彼女はサリナ,マイナーデ学院での同級生だ.」
少年を心配そうに見つめる薄茶色の髪の少女の肩を抱く.
「そして彼女は,」
少年が,幼女となった母親を紹介しようとすると,
「この子はリリューシャ・クイント,」
薄水色の髪の青年が,リーリアを抱き上げて少年の言葉を奪った.
「サリナとリリューシャの身元については,マイナーデ学院学院長様にご確認ください.」
リリーというリーリアを連想させる愛称ではなくリリューシャという本名をでっち上げ,さりげなく金の髪の少年から母親を引き離す.
いくら髪の色を変えて眼鏡をかけても,二人は本人たちが思う以上にそっくりなのだ.
騎士たちは本物である黒髪の少女ではなく,サリナの方をじろじろと眺めまわした.
リーリアが変装しているのではないかと疑ったのだが,どう考えてもこの少女は三十五歳には見えない.
「あ,あの……,」
自分を観察する騎士たちに,強く自分の肩を抱き寄せる少年に,少女はとまどった.
「で,母上の捜索の方はどうなっている?」
少年は怒り調子に,男たちに聞く.
兵士たちは捜索をおろそかにしていると王子が怒っていると思ったが,これは単に恋人をじろじろと眺めていることに対して怒っているのだ.
「申し訳ございませんが,今のところはまったく…….リーリア様の足取りはつかめておりません.」
「そうか.」
少年は内心ほっとして,外見ではがっかりとしてつぶやいた.
その後,二,三のやり取りをしてから兵士たちは去った.
兵士たちが去ると,金の髪の少年は付き人の青年の方を向く.
青年は黒髪の少女を抱きながら,しっかりとうなずいてみせる.
この青年は,兵士たちの伝言でリリーの正体に気づいたのだ.
そして何も言わずに,少年に協力してくれた.
「ライム……,」
一人,何も分かっていないサリナがいたわるように少年に声をかける.
「大丈夫だ.」
少年は少女と,青い顔をして青年に抱きかかえられている母親に向かって言った.
「心配しなくていい.」




