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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
王城にて
23/104

4-5

シグニア王国の領土防衛は,王族の魔力の強さを他国に見せつけることにある.

だから王族の成人の儀式である幻獣の儀式には,さまざまな国の高官たちが招待される.

彼らは王子の実力がいかほどのものであるかを,検分しに来ているのだ.

恐れるべきものなのか,あなどれるほどのものなのか.

幻獣の儀式は,シグニア王国の威信にかけて失敗するわけにはいかない重要な政策のひとつであった.


そしてこの幻獣の儀式には,もうひとつの意味がある.

王や貴族たちの前でみずからの幻獣を披露する,そのことによって自分の王位継承の権利を皆に主張するのだ.

幻獣を持つということは,すなわち現王の子どもであるということである.

またこれは儀式を受ける本人が結婚していた場合,……十七という年齢からそのようなことはあまりないが,家族とともに儀式を受けることになっている.


「はぁ……,どきどきする.」

儀式が行われる城の大広間の端の方で,薄茶色の髪の少女は胸を押さえた.

儀式の出席者は総勢三百名あまり,ここまで大げさなものだとはサリナは想像していなかったのだ.

「大丈夫だよ,サリナ.」

隣に座る薄水色の髪の青年が,少女の背を優しくたたく.

「ライム殿下の魔法の腕前を知っているだろ?」

彼らは末席の下級貴族たちの群れの中にまぎれこんでいた.

ほどほどに立派な装いをして,貴族の兄妹という役どころである.


周囲の貴族たちは,純粋に金の末王子の登場を心待ちにしている.

「マイナーデ学院創立以来の優秀さらしいぞ.」

「学院長自慢の孫らしい,王子でさえなければ跡をつがせたいところだろう.」

こそこそとささやかれる好奇の声.

「さすがはイースト家と王家の血をひく王子だ.」

気楽なことを言ってくれる,スーズは苦く思った.

彼の主君の少年が影でどれほどの努力をしているのかを知らないで…….


すると会場全体がどよっとどよめきだす.

ここからではまったく見えないが,主役の王子が入場したのだろう.

隣に座っていた少女の体が,青年の方へ倒れこんでくる.

瞳からは光が失われ,体温すら感じさせない.

サリナは心を丸ごと,想い人の少年へと飛ばしていた.


ライムが会場に足を踏み入れると,人々が一斉に視線をぶつけてきた.

金の髪の少年は臆することなく,いや,自分の気持ちを気取られない強いまなざしで顔を上げる.

昨夜とちがい,今日は黒一色の魔術師としての正装をしていた.

正面の一番奥にいる国王,国王を囲む王族たち,イスカが厳しい目をして少年の方を見つめている.

少年が何かへまをしたら,すぐさま助けに入ろうと考えている顔だ.

少年は大丈夫だと,にこっとほほえんでみせた.

イスカの隣に座していた王女イリーナは,思わず少年の笑みに見ほれてしまう.

自分の弟であり,みっつも年下であると分かっているのに,イリーナはいつもこの少年に心奪われてしまうのだ.


少年が右に視線をやると,そこには諸外国の外交官たちが顔を並べている.

ライムを,シグニア王国第三王子を見定めようと,じっと視線を注いでいる.

一番上座にいるのが西ハンザ王国の者であり,ここサッカリナ地方一の大国だ.

その隣にいるのがティリア王国,シグニア王国にとっては油断のできない隣国であり,常にシグニア王国のひよくな大地を狙っている.

砂れき王国カッパリアのものは何が楽しいのやら,にやにやとした顔をしている.

そのほかの国々の使者たちの顔を,ライムは興味なさげに眺め渡した.


そして少年の左側の席には,国内の貴族たちが家の格式の順に座っている.

端の方には,サリナとスーズが隠れるようにして座っているはずだ.


サリナ…….

すっと金の髪の少年は瞳を閉じる.

少年を守るように,少女の魔力が少年の体を包みこんでいた.

再び開いた少年の深緑の瞳は炎を映す!

「わが名はライゼリート・イースト・トーン・シグニア,」

古い言葉で"理性の光"を意味する,少年の名.

ぼっと少年の体は赤い炎に包まれる.

「国王リフィールの第四子にして,イースト家の血をひく者.」

少年はみずからのいつわりの系譜を名乗る.

あまりの炎の勢いに,比較的少年の近くにいた人々は席から立ち上がり,中には露骨に逃げようとするものもいる.


「本日この瞬間をもって,成人したことを,」

竜をかたどる炎は,天井までこがすように燃え上がる.

ティリア王国,西ハンザ王国を始め,諸外国の外交官たちは少年のすさまじい魔力に息をのんだ.

この少年が,魔術大国シグニアの金の末王子!

なんと油断のならない魔力の持ち主か!

「もういい,ライゼリート! 炎を収めよ!」

王が叫ぶ,少年の際限のない魔力に額に汗が浮き出る.

「おぬしの成人を認めよう,」

このままでは,まわりが少年の守護竜の力にパニックになってしまう.

マイナーデ学院での教官たちの少年に対する評価は,むしろ控えめすぎるほどだ.

「……まったく,なんという魔力だ.」

王はあきれたように,しかし満足げにため息を吐いた.

もちろん,みずからのおびえ,動揺を必死に悟られないようにふるまっている外交官たちの様子を見て,のことである.


対する少年は安堵のため息を押し隠す.

涼しい顔をして炎をしずめ,そしてふと,自分をまじまじと見つめている男の存在に気づいた.

男の胸につけている紋章から,ティリア王国の外交官だとは分かるのだが……,

そのまま,後は形式ばかりの儀式を受けながら,少年は男の視線が気になって仕方がなかった.


儀式が終わると,金の髪の少年は一人で先に退出する.

その後,国王が閉会を告げ,異国からの来訪者たちから送り出すのだ.

国内の者たちに関しては,当たり前だが,身分の高いものから退出してゆく.

一人,先に大広間から出た少年は,廊下でやっと安堵のため息を落とした.

儀式はこれ以上はないほどに,うまくいった.

サリナはただ少年の意志に魔力を任せてくれた.

あそこまで無防備に魔力を受け渡してくれるとは思わなかった.

少女はそれほどまでに自分を信頼しているのだ,と少年は一人で照れる.


……私なんかで役に立てるなら,私,なんでもするよ.

少女はいつも気づかない,自身の存在がどれだけ少年の助けになっているのかを.

そして少年とその母,祖父のコウスイまでの命を救ったことも.


「ライゼリート!」

不意に名を呼ばれて,少年はびっくりする.

しかも王子である自分を呼び捨てである.

「会いたかった,ライゼリート!」

見ると,金の髪の幼い少女が少年の足に抱きついているのだ.

「誰だ?」

少年はきょろきょろとまわりを見回す.

しかし少女の親らしき人物は,誰もいない.

年のころは六,七歳程度,こんな子どもが一人で王宮の中を歩きまわれるはずはないのだが…….


「私,ずっと,あなたを抱きしめたかった……!」

金の髪の少女は,涙ながらに少年に抱きついてくる.

「誰だ,あんたは?」

少年はとまどう,金の髪,深緑の瞳の少女,そしてどこかで見たような顔だちに,懐かしいような声……?

「分からないの? 私はあなたの母親よ!」

「はぁ? え? ……えぇ!?」

少女の言葉に,少年は耳を疑った!

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