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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
王城にて
22/104

4-4

ひさしぶりのふかふかのベッドで,しかし少女はなかなか眠れずにいた.

それは,昼間にこのベッドで眠ってしまったためではない…….

……困らせて,ごめん.

少年の言葉が,何度も頭の中で繰り返される.

どうしよう,私…….

ライムは王子だと分かっているのに……,高望みはしないと決めていたのに.


少年の遠ざかる背中を追いかけたかった.

"あと残り半年で卒業だね.サリナのお母さんとお父さん,村のみんなも君が帰ってくるのを楽しみにしているよ."

故郷の村からの手紙を思い出して,少女の胸はずきっと痛む.

"村に帰ったら,マイナーデ学院で学んだことをいかして,学校で子どもたちに文字を教えてくれないかい?"

そう,それが少女の未来であるはずだった.

村に帰り,学校で文字を教えながら,両親とともに農牧を営む.


サリナ,……俺と結婚してくれないか?

……でも,私は平民だし,ライムは王子だし.

僕,……キス,されたのは初めてだ.

「おかえりなさい! パパ!」

ドアの開く音に,小さな少女はばたばたと玄関へ向かって走った.

「ただいま,サリナ.」

すると家へと戻ってきた父親が,あっという間に少女の体を抱き上げた.

「いい子にしていたかい?」

「もちろん!」

そして少女のほおに,くすぐったいキスをする.


「ねぇ,パパ.牛の赤ちゃんは産まれたの?」

少女を片手で軽々と抱いて,父親は頼もしくうなずいた.

「あぁ,難産だったけど,」

「おかえり! あなた!」

するとどんっと,母親がサリナ越しに父親に抱きついてきた.

むぎゅうと少女は押しつぶされる.

「ひどいよ,ママ.」

「お疲れ様,赤ん坊は産まれた?」

父は母の体をそっと離して,ほほえむ.

「僕のこの顔を見て分からないかい?」

「分かっているけど,聞いているのよ.」

二人だけのなぞなぞの言葉のように,笑いあって.

「うれしいお知らせは,ちゃんと言葉にしてほしいの.」

そして軽く重なる唇と唇.

それは恋人同士のキス,特別な…….


窓から差しこむ朝の光に,少女はふっと目を覚ました.

そしてがばっと跳ね起きる.

ごめんなさい,お母さん,お父さん!

サリナは寝間着のままで,寝室から飛び出した.

私,ライムが好きなの!


「ライム!」

隣の部屋の少年の寝室のドアを,少女は乱暴に開いた.

「サ,サリナ!?」

着替え途中だった少年は,ただごとではない少女の様子にぎょっとして目を丸くする.

「どうしたんだ!?」

とたんに少女は,少年が半裸状態であることに気づく.

意外にたくましい上半身を思わずじっと見入ってしまってから,少女は真っ赤になって謝った.

「ご,っめんなさい!」

少女はあわてて,自分の寝室へと駆け戻る.

「サリナ!?」

その後を,少年がわけも分からずに追いかける.


「きゃぁ! 追いかけてこないでよ!」

部屋の中へついてきた少年に,少女はきゃぁきゃぁと叫んで逃げ回る.

「サリナが逃げるからだろ!」

少年はむきになって追いかける,逃げる少女の腕をつかみ引き寄せて,後ろから抱きかかえるようにしてやっとつかまえた.

「何なんだよ,いったい…….」

静かになった少女を抱きしめて,少年は疲れたようにため息を吐く.


不意に少女の体がこわばっていることに気づいて,少年はそっと少女を離した.

すると,

「離さないで,」

少女はぴしゃりと言い放つ.

少年がとまどっていると,少女はくるっと体ごと振り向いた.

「私,ライムに伝えたいことが,」

そしてじっと少年の顔を上目づかいにねめつけるのだが,

「……あ,あんまり見つめてこないで,」

恥ずかしげにうつむいてしまう.

「言いづらい…….」

うつむいたまま,少女はぎゅっと少年に抱きつかれた.


「私,……その,」

少年の胸に抱かれて,少女は言葉を探す.

男臭いにおいがする,いつの間に少年はここまで男になってしまったのだろうか.

「ふつつかものですが……,」

「別にいい.」

少年の返答はまさに即答で,自分がそこつ者であることを少年が暗に提示しているのではないかと,少女が一瞬,疑ったほどだ.

「えっと,……平民だし,魔法下手だし,……寄宿舎の自分の部屋にクモの巣張っているし,」

少年はおかしそうに,くすくすと笑い出す.

一応,少女なりにあの部屋の惨状について気にしているらしい.

「そ,それに,美人でもないし,ずんどうだし,胸も小さいし,」

「あ,いや,思ったよりも大き……,」

少年のうっかりとした失言に,少女はがばっと顔を上げた.


昨夜のことが思い起こされて,顔が真っ赤になる.

どこもかしこも触られて,服だって半分以上脱がされて,

「ラ,ライムって結構スケベでしょう!?」

「馬鹿っ,当たり前だろ!」

同じく赤い顔をして,少年は肯定する.

「さ,昨夜はごめん…….」

肯定した後で,ばつが悪そうに謝罪した.


少女が自分から離れてゆくこと,それが今,一番少年にとって恐ろしいことだった.

なんとか引きとめたくて,無理やりにでも自分のものにしたくて…….

しかしそれでは,少年の母親を閉じこめる国王と同じになってしまう.

少女の柔らかいほおを指でなぞると,少女は瞳を閉じてキスを待つしぐさをしてみせる.

この少女を閉じこめたいわけではない…….

そっと触れるだけの口づけを交わし,

コンコンコン!

「サリナ,ライム殿下を知らないかい?」

いきなりのドアのノックとスーズの声に,少年少女はびくっと震えた.


「お部屋にいらっしゃらないんだ?」

青年の困惑した声に,少女は何も考えずに答えを告げる.

「あ,ライムならここに,」

「うわっ,馬鹿!」

無邪気に答える少女の口を,少年はあわてて押さえたが間に合わなかった.

「殿下,儀式に遅れますよ,」

部屋に入ってきた青年の見たものは,寝間着姿の少女の口を押さえる半裸状態の少年の姿.


「で,殿下…….」

さしもの青年のほほえみも引きつる.

「ご,誤解,誤解だ! スーズ!」

真っ赤になって少年は否定するのだが,暴れようとする少女の口を押さえたままでは説得力などない.

結局,少年は朝食の前に,付き人である青年のお説教をたっぷりと聞くことになるのであった…….

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