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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
王城にて
21/104

4-3

部屋の窓を開けると,西の塔で開かれているという舞踏会の音楽が夜のとばりを越えて聞こえてきた.

今夜一晩を,王宮で過ごすなんて信じられない.

薄茶色の髪の少女は音楽に耳を澄ませながら,窓際のテーブルにほお杖をついた.


金の髪の少年は,国王に会いに行ってくると言ったまま帰らない.

スーズいわく,きっと舞踏会に出席させられているのだろうと.

少女はスーズに用意してもらった紙とペンで手紙を書き始めた.

故郷の村で唯一文字の読める村長の老人に,定期的に近況を書いて送っているのだ.

サリナの両親は文字が読めないために,村長を介して八年間ずっと手紙で連絡を取り合っている.

しかしサリナの故郷の村でも三年前に学校ができたらしく,文字の読み書きのできる子どもは増えているのかもしれない.


こんばんは,村長さま.

お母さんに,お父さん.

お元気ですか?

私は今,王都シーマリーの王宮にいます……?


そこまで書いて,少女は首をかしげた.

なんと言って,事情を説明すればよいのやら.

……俺は国王陛下の,……子どもではない.

ふいに少年の言葉を思い出して,少女は書きかけの手紙から目を上げた.


少年が父親のことを陛下としか呼ばない理由が分かったように思える.

そして母親のことにいたっては,何年か前に病気であると少年自身から聞いただけだ.

少年の口から母という言葉が出たのはそれが最初で最後,王宮にいるらしいこと,とても美しい女性であるらしいことだけは,うわさで知っているのだが…….


もしも可能ならば,私,ライムのお母さんになりたい.

夜の暗闇を見つめて,少女は思う.

そして毎日キスを贈り,愛していると伝えたい…….

するとコンコンと外側から窓をたたく音が響いた.

「誰!?」

少女はびっくりして,立ち上がる.

「サリナ,無用心だぞ,」

窓の外から,ひょっこりと金の髪の少年が顔を出す.

「ライム!?」

いつの間に三階のベランダまで上がってきたのやら,まさか木登りをしてきたわけではあるまい.

「窓を開けっぱなしにして,誰かが入ってきたらどうするんだ?」

言葉はしかっているのだが,深緑の瞳はほほえんでいた.


少年は白のきらびやかな衣装に身を包んでいた.

夜の暗闇に映える金の髪に,少女は身分の差を思い知る.

「舞踏会を抜けてきた.」

ひょいと窓枠を越えて,少年は部屋の中へと入ってくる.

「いいの!?」

「ばれたらやばい,……でも,いいんだ.」

少年はぎゅっと少女に抱きついてきた,少女が礼服にしわがついてしまうのでは,と心配してしまうぐらいに.


舞踏会に出て,いつもよりも積極的な貴族の娘たちに囲まれた.

遠回りにねだられるダンスの相手をするするとかわしながら,少年は父親の意図を知る.

国王は,そろそろ学院を卒業して一人前の大人になる息子に,国内の有力貴族の娘との結婚を勧めているのだ.


結婚など,誰ともしたくはない.

……ただ一人を除いては.

「サリナ,……俺と結婚してくれないか?」

「え!?」

少年の唐突としか思えないせりふに少女は仰天した.

「マイナーデ学院を卒業したら,俺と一緒に王宮へ帰ってくれ.」

そう,それはいい考えに思えた.

少女を自分のもとに縛りつけて,そしていつの日か,母が国王から解放されたならば……!

母を祖父のもとへと帰し,自分自身は少女とともに少女の故郷へと行く.


少女の話す故郷の情景を,少女の隣で見てみたい.

出会ったころから少女の暖かなまなざしは,少年にとってあこがれそのものだった.

「明日,儀式が終わったら,国王陛下に許可をもらっていいか?」

「待ってよ,ライム.私は平民だよ!」

性急な少年の問いに,少女はうろたえた.

「それにそんな大事なこと,すぐには決められない.」

少年の腕の中でじたばたともがくのだが,少年はけっして少女を離しはしない.

「大丈夫だよ,陛下は身分にはこだわらない方だ.」

こだわらないどころか奴隷解放の英雄であり,平民の王宮への登用をおし進めている国王である.

また,強い魔力の持ち主であるサリナを血族に迎えることができるので,むしろライムとの結婚を歓迎するのかもしれない.


「……想像できない.」

シグニア王国の王子であるライムと結婚し,王宮で暮らす!?

それは平民である少女にとって,思い描くことさえ困難な未来だった.

「サリナのご両親には,手紙で,」

両親,その言葉に少女はびくっと震えた.

ライムと結婚したら,故郷へは戻れなくなる…….


それは思った以上に,少女の心を寒くした.

少女の震えをどう感じたのか,少年が少女を抱く腕の力をゆるめる.

「俺は,簡単な気持ちで好きだと言ったんじゃないから.」

青い顔で自分を見つめる少女に向かって,少年は告げた.

「私は,……ライムが好きだって言ってくれただけで,」

少女の薄緑色の瞳から,ぽろっと涙がこぼれる.

予期していなかった少年からのプロポーズが,うれしいのか悲しいのか分からない.

「十分だから,十分すぎるから,……マイナーデ学院で一緒にいられるだけで,」

ぽろぽろと透明なしずくが流れ落ちる.


「それ以上のことは望んでいないっ!」

すると少女は強引に唇をふさがれた.

そしてそのまま抱き寄せられて,部屋のじゅうたんの上に組み敷かれる.

少年の激情に,少女はたやすく流される.

頭の中は,少年の求婚の言葉のせいでぐちゃぐちゃだった.


何度も唇を奪われて,触れてくる少年の手に身を任せていると,

「……ごめんっ!」

いきなり,少年が少女の体を離した.

「ごめん,本当にごめん……,サリナ…….」

少年は真っ赤になって,おのれを恥じる.

未婚の女性に対して,何をしようとしていたのだ,自分は!?


対する少女の方は,熱に浮かされたようなまなざしで少年の顔を見つめ返した.

「私は,ライムなら……,」

少女の服はさきほどの少年の行いによって,乱れに乱れていた.

普段なら服の下に隠れている白い肌が,何でもゆるすという少女の言葉が少年を誘惑する.

少年はかぁっと体が熱くなるのを感じた,このまま何もかもを奪ってさらいたくなる.

「も,もっと自分を大切にしろよ,……おっ,俺が言うのもなんだけど,」

やせ我慢の理性を総動員して,少年はもごもごとしゃべった.


そして,

「……困らせて,ごめん.」

小さくつぶやいて,少年は立ち上がる.

「もう,サリナには……,」

そのまま,二人ただ見つめあう.


少女のくせ毛の髪は,少年が押し倒したせいでぐちゃぐちゃだった.

淡い緑色の瞳が,ぼう然とした態で少年の顔を見上げる.

このままマイナーデ学院にも故郷にも帰さずに,ずっと自分のそばに閉じこめておきたい…….

しかしそれは……,その想いは,

「……何も,しないから.」

少年は来たときと同じく,窓から部屋を出て行った…….

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