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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
王城にて
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4-2

大きな扉の前で,金の髪の少年は淡いクリーム色のブラウスのえりをきゅっと正した.

薄汚れた旅装を解いて,少年はひさしぶりにマイナーデ学院の制服に身を包んでいる.

少年の緊張した顔を,扉の前に立つ兵士たちがさらに緊張した顔で見つめた.


「入室します.」

覚悟を決めた王子の声に,兵士たちは両開きの扉を開く.

少年は二年半ぶりに,父親であるはずの国王と顔を合わせるのだ.

国王の執務室へ入ると,中には部屋の主である国王と第一王子のラルファードがいた.

珍しいな,兄の存在に内心驚きつつも,少年はなんとかほほえんでみせる.

「ただいま,帰参しました.」


すると国王はうれしそうに顔をほころばせた.

「よく戻った,ライゼリート.」

兄の顔が不機嫌そうにゆがむのに,少年は気づかないふりをする.

「アンジェ・イーストによる少女誘拐事件のことを,ダガ大臣から聞いたぞ.」

国王まで話が届いたのか,少年の笑顔が苦いものとなる.

「恐れ入ります.」

兄のラルファードの前で国王にほめられること,これほど少年の身をつらくさせるものはない.

長兄であるラルファードは王位継承第一位の王子ではあるが,生まれつき体が弱く,国王としての重責には耐えられないのでは,と周囲に危ぶまれていた.


「私も父親として鼻が高い,すさまじい魔力でイースト家の悪女を倒したらしいじゃないか.」

ライムが屋敷に乗りこんだことと,サリナが魔力を暴走させたことがごっちゃになって伝わっているらしい.

金の髪の少年はあいまいな笑みを保ち,とうとうと続く王のほめ言葉を聞き流した.


話がひと段落したところで,

「……陛下,母上に会ってもよろしいでしょうか?」

少年が控えめにたずねると,国王は不快気にまゆを寄せる.

少年はただ国王の顔をじっと見つめて,返答を待った.

息子が母親に会うのに父親の許可がいるなど変な話だが,少年にとってこれはいつものことである.

「今夜,西の塔で舞踏会が開催される.」

「出席いたします.」

少年はすぐさま返事をした,どうやらこれが交換条件らしい.

「あいさつだけだぞ.」

王は少年に対して,母親との面会時間を制限する.

「はい…….」

母を独占する王の顔を見たくなくて,少年はうつむき加減に視線を下げた…….


「お前の口から,直接事情を聞きたい.」

王宮の客室にて,スーズはイスカの訪問を受けた.

何のてらいもなく,まっすぐに見つめてくるこげ茶色の瞳.

この青年は昔からこうだ,誰よりも何よりも強い視線を持っている.

「おかけください,イスカ殿下.」

スーズは,部屋備えつけのテーブルに友人を案内した.


解放奴隷であるスーズと第二王子あるイスカが友人同士であるとはおかしなことなのだが,イスカはその点についてまったく気にしない.

それどころか殿下と呼ぶな,とまで言ってくるものだから,スーズとしては少し困ってしまう.

実はその妥協点が,愛称に敬称,つまり殿下をつけるという妙な呼び方なのだが……,


「サリナは?」

赤毛の青年が少女を気づかうような表情をしてみせると,薄水色の髪の青年はやんわりとほほえんだ.

「隣の部屋で休んでいます,さすがに長旅で疲れたのでしょう.」

しかも途中,魔女にさらわれたりとなかなかに波乱万丈な旅だった.

イスカはいすにどかっと腰を下ろす.

「俺の,……妹か.」

この青年にしては珍しく,うっくつとした顔でつぶやいた.

魔術学院の後輩,弟のライムとともにかわいがっていた少女.

彼女は青年と同じく幻獣を,シグニア王国の守護竜を身のうちに住まわせる.


魔術大国シグニア,誰もが認める有能な王が治めるこの国は今,王位継承の問題で揺れていた.

第一王子のラルファードは虚弱体質であり,ねたみ深い性格のために人望もなかった.

それに対して第二王子のイスファスカは明るい豪気な男で,平民からの人気も高い.

しかし彼の母親は国王がたわむれにさらってきた奴隷娘であり,そして何よりも父親との仲が悪かった.

唯一の娘であるイリーナは極端な人間嫌いで,自分の気に入った人物しかそばには寄せない.

最後に第三王子のライゼリート,彼はまだ子どもであり学生ではあるのだが,マイナーデ学院での成績は文句なしに優秀であり,また国王一番のお気に入りの息子でもあった.


そんな状況下に,国王の隠し子が出てきたらどうなるのか.

「失敗したときのリスクが大きすぎる.」

幻獣の儀式でのことを,イスカは言った.

最悪の場合,ライムが国王の実子ではないことがばれ,またサリナの存在もあきらかにされるだろう.

「ライム殿下の魔法の技量があれば,大丈夫です.」

スーズはさらりと言ってのけた.

彼の主君の少年ほど,魔力をうまく操る魔術師はいない.

少年はその器用さによって,自分の少ない魔力を周囲に悟られないように,ごまかし続けているのだから.


国王の執務室を出ると,ライムはすぐに母親の部屋へと向かった.

自分でもふしぎだと思う.

マイナーデ学院にいるときは王宮には戻りたくない,母など見捨ててしまいたいと思うのに,王宮に戻ると必ず母に会いたくなる.

ライムが五歳のときに王宮からの逃亡を図り,無茶な魔法を使った挙句,心をなくした母親.

暴走した魔法からわが子は守ったが,わが身は守れなかった.

少年は祖父のコウスイが,母親似だという自分の顔をときどきさびしげに見つめていることを知っている.

そして祖父がさんざん娘を返してくれと訴えても,国王が母を手放さないことも…….


母親の部屋は厳重に警護されている.

しかしドアの前に立つ見張りたちの注意は,部屋の外側ではなく内側に注がれる.

「陛下の許可はいただいてある.」

少年が言葉少なに伝えると,見張りの男たちは一礼してドアの前を開けた.

国王直属の近衛兵である,もちろん忠誠心は抜きん出て高く,ライムが王子だからといって無条件に命令を聞くことはない.

はぁとため息を吐き,少年は部屋の扉に手をかける.

中には,少年の母親が前に会った二年半前と変わらずにいた…….


部屋の中央に置いてある豪奢ないすにただ腰かけて,ぴくりとも動きはしない.

母親の凍りついたような表情に,少年は無意識にみずからの腕を抱いた.

「……母上,」

一瞬にしてからからに乾いたのどで,少年はかろうじて声を出す.

「ただ今,城へ帰ってまいりました.」

自分と同じ金の髪,深緑の瞳.

確かに血縁を感じさせる外見を持っているのに……,

「スーズと,……サリナと一緒です,……サリナはマイナーデ学院の同級生で,」

母が少年の前で正気を取り戻したのは一度きり,少年がマイナーデ学院に入学すると告げたときのみだ.

「今回は,……特別に同行してもらいました,それで……,」

暖かな会話はそのときのみ,そしてそれが少年を甘く縛りつける.


「……イスカ兄,イスファスカ兄上は,さっきひさしぶりにお会いしましたが,……相変わらずでした.」

自分でも何を伝えたいのか分からないことを言う.

「学院では,……最高学年に上がったので,サリナ,いや,……高度な魔術を使うように,」

薄暗い部屋の中でひとり言を言っているかのように,少年はぼそぼそとしゃべる.

わざわざ許しを得て母親と会っているのに,少年の話はいつもとりとめのないことばかりだった.

「コウスイおじい様もお元気で,……母上のことを案じておられます.」

国王は,ライムが母親を連れて王宮から逃げ出すことを恐れている.

だから少年が成長するにつれ,母親と会わせるのを嫌がるのだ.

「母上,……明日,私は幻獣の儀式を,」

するとコンコンと扉がノックされる.

すぐに部屋から出てゆけという合図だ.


少年は最後に何か言おうと口を開いたが,結局何も言わずに母親に背を向けた.

母の動かないはずの手が,自分の背を追いかけたのに気づかずに…….

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