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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
旅立ちの決意
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1-2

魔術学院マイナーデ,魔術大国シグニアの運営する学院である.

シグニア王国北西地方に校舎,寄宿舎等があり,王国中から生徒を募っている.

もちろん入学試験で生まれ持った魔力を測定されるのだが,権力や金にものを言わせて入学することも可能である.

いわゆる裏口入学なのだが,そのようにして入った生徒はたいてい授業についていけなくなり,途中で退学してしまう.

またシグニア王国の王族は皆,この学院で魔法を学ぶことでも有名であった.


そんな学院に,なぜ自分がいるのか…….

教室の木製の机にほお杖をついて,サリナは思った.

薄茶色のくせのある髪,淡い緑の瞳.

長い髪は左右にお下げにして垂らしている.

田を耕し,子牛を飼う,サリナはシグニア王国西南地方に住むまったくの平民,農民であった.

実はほんの少しだけ貴族の血が入っているらしいことは父から聞いたことはあるが,天と地ほどに遠い親戚関係らしい.


しかしその貴族の血のせいで子どものころから魔力が強く,そしてそれをうまく制御できずに何度も騒動を起こした.

騒ぎのたびに,両親は少女の魔力の大きさを嘆いた.

この世界では魔力の大きさは産まれついてのものであり,たいていは遺伝される.

だが,まれにサリナのように唐突に強い魔力を持った子どもが産まれるのだ.

十歳になったある日,王国の役人がやってきて,サリナに魔術学院に入るように命じた.

両親や村の村長は反対したが,少女は表面上は嬉々として従った.

もうこれ以上,自分の魔力のせいでまわりに迷惑をかけたくなかったからだ.

それに特例として,学費等が免除されたということもある.


始業前の教室では,生徒たちは家柄の近いもの同士で固まる.

この学院は,特に年長クラスになればなるほど,学校というよりは宮廷のような雰囲気を持つ.

平民であるサリナは当然のごとく,孤立していた.

魔術書をぱらぱらとめくっていると,金の髪の少年が隣の席にどかっと腰かけてきた.


淡く柔らかな光を放つ金の髪,深緑の瞳は少女に故郷の情景を思い出させる.

平民であるサリナには,本来ならばけっして見ることも触れることもできない少年だ.

「俺,明後日から王都に帰るから,」

あいさつもなしで,顔を向けることもなく少年はつぶやいた.

ライゼリート・イースト・トーン・シグニア,この少年はれっきとしたシグニア王国の王族である.

「ん,分かった.」

けれど今では,この学院における少女の唯一の友人でもあった.

一番身分が高いくせに,一番身分にこだわらない少年だからだ.


「ライム王子がいない間は魔法の練習はしない.」

怒ってばかりなのに,この少年はいつも優しい.

平民である少女を不器用ながら気づかってくれる.

「心配してくれてありがとう…….」

だから父母から身分不相当なことはしないようにと念を押されているにも関わらず,かなわない恋を夢見てしまうのかもしれない.


きつく結んだ口もと,横顔はけっして少女の方を見ない.

「あの,……どれだけ王都にいるの?」

おずおずとたずねると,少年は三日ほどとそっけなく答えた.


がらがらがらがらと,始業のチャイムが鳴る.

毎回,担当の者がベルを鳴らしながら,廊下を走るのだ.

この少年と一緒にいられるのも,あと半年…….

卒業したら,もう二度と会えない.


授業を受けながら少女がもの思いにふけっていると,何かがとつと頭に刺さった.

きれいに折りたたまれた紙だ,後ろの席の少年が魔法で飛ばしたらしい.

少女は迷惑だということを主張すべく,むっと怒った顔を作る.

しかし手紙を投げた少年はへらへらと笑うだけで,まったく少女の意図を解してくれない.

最近,こんなのばかりだ…….

少女は重くため息を吐く,隣の席の少年がそんな少女をじっと見つめていた.


一時限目の授業は転移魔法の理論について,八年生全三十六名中,一番成績のいいライムも一番成績の悪いサリナも,まったく授業に身が入らなかった.


「サリナ!」

放課後の教室にて,少女は案の定,折り紙を飛ばした少年に呼びとめられた.

黒髪の,国内有数の貴族の少年である.

「ユーリ.」

うんざりとして答える.

「手紙,読んだだろ?」

手紙に書かれていたのは,薄っぺらい愛の言葉.

「読んだけど,……ごめん,私,ユーリの家のお世話になる気はないから.」

するとユーリの口もとがいやらしくひらめく.

「サリナ,お前,土にまみれる生活に戻りたいの?」


馬鹿にされている!

少女はかっと言い返そうとした.

すると,

「サリナ!」

隣の席に座っていたライムが口を挟む.

「俺を待たせるな.」

深緑の瞳が,サリナではなくユーリをじっと見すえた.


シグニア王国第三王子,この教室で少年に逆らえるものなどいない.

口を挟まれてユーリはかちんとしたが,何も言い返せなかった.

「ユーリ,私,ライム王子と一緒に学院長様に呼ばれているから.」

それだけ言うと,少女はそそくさとライムとともに教室から出た.


廊下を足ばやに歩いてゆく少年の後を,少女は小走りに追いかける.

「王子,ありがとう,」

とめてくれて,……平民であるサリナは貴族であるユーリに表立って逆らうわけにはいかない.

すると驚いたことに少年が振り返った.

「お前,ユーリになんて言われている?」

思わず少女は立ち止まる.


ぜいたくをさせてやるぞ.

平民の暮らしなんて嫌だろ?

俺だったら側女くらいにはしてやる.

「あ,愛人になれって……,」

少女はもごもごと答えた.

すると少年は興味なさげに,再び歩き出す.

「で,お前は?」


「嫌だって言った.」

少女はあわてて少年の背を追いかける,ひょろひょろと先に身長のみが伸びた少年の背中を.

「私は卒業したら,故郷へ帰るもの.」

この学院の生徒たちはそのほとんどが,家の格式は上から下まであるのだが,貴族の息子たちだ.

「村の学校の先生になるの,だから誰の家にも行かないよ.」

平民だから簡単に手出しできると思いこんでいるのか,彼らはサリナにちょっかいを出してくるのだ.


その中でも一番しつこいのがユーリである.

昔は身分など関係なく,皆友だちだったのに…….

特にユーリとは仲がよかったはずだ.

サリナは暗くうつむいて,歩いた.


こんこんと,少年が学院長室のドアをノックする.

老人の声でこたえがあって,少年は重い木のドアを開いた.

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