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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
王城にて
19/104

4-1

「お母様,僕,マイナーデ学院に入学するんだ.」

いすに腰かける少女にしか見えない女性に向かって,金の髪の幼い少年は話しかけた.

「だから,……しばらくは会えなくなるけど,」

背中を覆う豊かな金髪,深い緑の瞳は何も映さない.

自分が腹を痛めて産んだ息子の姿でさえも.

「けど,ときどきは帰ってくるから…….」

そこまでしゃべって,少年は言葉をとめた.


何を言っても,この母には届かない.

返ってくるのは沈黙ばかりである.

少年はあきらめて,母のもとから立ち去ろうとした.

早く母の部屋から出ないと母を独占する国王が怒り,もう二度と面会を許してくれないのかもしれない.


小さな少年が,高い位置にあるドアノブに手をかけた瞬間,

「……ライゼリート,」

背中を打つ女の声に,少年は驚いて振り返った.

「お,母様!?」

どたばたと母のそばに寄り,そのひざにすがりつく.

母は白いほっそりとした手で,優しく少年のほおをなでた.

「あなたの顔をよく見せて,ライゼリート.」

母の暖かい日差しの差すようなほほえみに,少年は泣きそうになった.

「お母様!」

「ライゼリート,」

母親の瞳にも涙が浮かんでいた,泣き笑いの顔でわが子をいとしそうに見つめる.

「あなたのことを想うときにだけ,私は正気に戻れる.」

ふっと,まるでろうそくの炎が吹き消されるように,母は心をなくした.


一瞬前までのほほえみがうそだったかのように,少年の前には母の姿をした人形だけが取り残された…….


「うわぁぁ,すごぉい!」

王都シーマリーの白い町並みに,薄茶色の髪の少女は感嘆の声を上げた.

「きょろきょろするなよ.」

田舎もの丸出しの少女に,金の髪の少年はあきれ返る.

これではまさに,正真正銘のおのぼりさんだ.

「まぁ,仕方ないですよ.」

薄水色の髪の青年は優しくほほえむ.

王都シーマリーは大都会だ,人もものも建物もいっぱいある.

「あれがお城よね,すっごくきれい!」

街の中心に立つ白亜の王宮を指さして,少女は子どものようにおおはしゃぎだ.

城の正面にある城門まで続く大通りの道は,人ごみでごった返している.

人の流れに流されそうな少女の手を,少年はこっそりと握った.


シグニア王国王都シーマリー,王国の中心地よりも少しだけ北方に位置する都である.

城の外壁も城を囲む城壁も白で統一されており,街の外観も白を基調にレイアウトされている.

城下町は城を中心に同心円状に広がり,五本ある大通りは車輪のように必ず中心に立つ城へたどり着くようになっている.

二代前の国王がこの地に王都を移してから,一度も戦火に見舞われたことのない美しい都市であった.


サリナがこの王都へと足を踏み入れるのは,二回目のことである.

一回目は故郷の村からマイナーデ学院へと向かうときであり,村育ちだったサリナはあまりの人の多さに目を回しそうになった.

ふと少女は,少年に手をとられていることに気づいた.

少女は何も言わずに,きゅっと握り返す.

少年は王子という身分を隠すために平民の服装をしており,金の髪に布を巻きつけていた.


いくら王都には人が多いと言えど,ここまで見事な金の髪は珍しい.

少年の髪の色はマイナーデ学院でも目立っていたが,王都でも目立つにちがいなかった.

城門までたどり着くと,城の門兵がすぐにライムの存在に気づいた.

「ライゼリート殿下,お帰りなさいませ.」

「あぁ,今,帰った.」

金の髪の少年は,少女には見知らぬ顔でほほえむ.

「すぐに国王陛下のもとへ,帰参のあいさつに伺う.」

さりげなく解かれている手を,少女は少し寂しく思う.

マイナーデ学院では,スーズさん以外は誰もライムのことを殿下とは呼ばないのに…….

「それから彼女は私の大切な客人だ,丁重に扱うように.」

ライムはやっぱり王子なんだ,と沈んでいた少女はどきっとして顔を上げた.


王宮に足を踏み入れると,少女はとたんに萎縮した.

高い天井に,ふかふかのカーペットに,活けてある色とりどりの花々に.

廊下を歩くと,メイドら使用人たちが頭を下げて,自分たちに道を譲る.

少女にとっては居心地の悪いことこの上ないが,少年は気にせずにずんずんと前へ進む.

少年が頭に巻いていた布を取ると,美しい金の髪があらわになった.


ここにいるのはシグニア王国の王子,マイナーデ学院の同級生ではない…….

少女は暗くうつむいた,するとぽんぽんと背をたたかれる.

「大丈夫だよ,サリナ.」

スーズが少女を気づかって,やさしい笑みを見せる.

「臆さなくていい,殿下のそばに行ってごらん.」

青年がぐいぐいと背中を押すのだが,少女にとって今の金の髪の少年はどうしてか近寄りがたい.


「つまりは,井戸の使用量によって金の配分を変えろってか!?」

いきなり,廊下の角から大きな声が響いてきた.

「王都一の商家と自分たちで言っているわりには,けちくせぇな!」

少女たちはびっくりして足をとめる.

「仕方ないさ,イスカ.彼らも商売なんだから.」

角からひょっこりと目の前に現れる男たち,

「げっ,兄貴.」

「おぉっ,ライムじゃねぇか!?」

男たちの中でも特に体の大きな赤毛の男が,少年の存在に気づいて顔をほころばせた.


「今,帰ってきたのか!?」

と言って,赤毛の大男イスカは少年に抱きつこうとする.

「やめろっ,来るな!」

金の髪の少年はさっと避ける.

「うわっ,避けるな!」

イスカは弟に抱きつこうとした勢いのまま,少年の後ろのスーズに抱きついてしまった.


「ひさしぶりだな,スーズ.」

抱きついたままで,イスカはにんまりと笑う.

「男同士で抱き合いたくはないのですが,イスカ殿下.」

負けじと薄水色の髪の青年も,にっこりとほほえむ.

この二人は二十二歳で同い年である.


ふと赤毛の青年は,視線を斜め下に下げる.

「サリナ,だろう?」

体ごと,目線を少女のところまで下げて,

「何年ぶり,……五年ぶりか,俺のことを覚えているか?」

少女に向かって,おおらかな笑顔を見せる.

学院の懐かしい先輩に,少女はくすっとほほえんだ.

「イスカ先輩のことを忘れるわけがありませんよ.」


そう,忘れるわけがない.

この太陽のような青年のことを.

イスカとともに話していた貴族の青年たちは,マイナーデ学院での学友たちだろう,皆,サリナにとって見覚えがある.

イスカの学年は本当に仲がよく,サリナたち下級生のあこがれの的であった.


少女の頭をよしよしとなでて,赤毛の青年は立ち上がった.

「マイナーデのじいさんからの手紙は読んだぞ,ライム.」

少年はうなずく,兄のせりふは事情はすべて分かっているということだ.

イスカはライムの出生の秘密を知る数少ない人物のうちの一人である.

幻獣の儀式について,少年が口を開こうとすると,

「いやぁ,まさかお前に恋人ができるとはなぁ.」

「はぁ!?」

兄のにやにや笑いに,少年は一気に顔をしかめた.


「なぁ,サリナ,ライムはなんて言って,」

「兄貴には関係ないだろ!」

からかおうとする兄の口を,少年はあわてて押さえる.

「ひどいなぁ,せっかく初恋を成就させた弟を祝福しようと,」

しかし兄はなんなく弟の手を離す.

「てめぇの祝福なんかいらねぇよ!」

大柄な兄の足もとを遠慮なくけりつける少年に,周囲の男たちは笑い,少女も楽しそうに笑い出した…….

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