ため息の夜
今夜も眠れない.
それは少年の隣で,すやすやと眠っている少女のせいだ.
ライムは夜の闇を見つめ,そして少女の寝顔に視線を移し,再び闇を見つめた.
起きる気配のない少女に,ため息が漏れる.
幻獣の儀式のために,七日前にマイナーデ学院をたった.
「好きだ.」とけっして言うつもりのなかった想いを告白し,そして少女も自分と同じ気持ちだと知った.
それなのに……,
「無防備すぎる…….」
少年は頭を抱えて,ため息を吐いた.
少女の逆隣には,ライムの付き人であるスーズが眠っていることは分かっている.
分かってはいるが,こんなにも自分の隣で安心して眠られると,男としての自信がなくなってくる.
まさか好きだと言われただけで,あとは何もないとか思ってはいないだろうか.
少年としてはもうこの少女を手放すつもりはなく,一生そばにいさせるつもりだった.
「サリナは分かっていない.」
少年はくやしまぎれにつぶやく.
少女にとって,もっとも危険な男がそばにいるというのに.
触れてみたいという気持ちと,大事にしたいという気持ちはいつもともにある.
少年の心の中でせめぎあって,悪魔と天使に同時にささやかれているような気分だ.
はぁと再びため息を落とすと,少女がかすかに身じろぎする音がした.
「……ライムぅ.」
呼びかけられて,少年はばっと振り向く.
「男の前でこんなにもぐうぐうと寝るんじゃない!」とどなろうと口を開いたが,……少女は眠ったままだった.
寝言だったらしい…….
少女は何が楽しいのやら,にまにまと機嫌のいい笑顔のままで眠りの世界にいる.
いったい何の夢を見ているのやら…….
少年はあきれてため息を吐こうとしたが,とたんに少女が自分の夢を見ていることに思い至る.
「ん~,」
ごろんと寝返りをうつ少女に,少年の理性は飛びそうになった.
だ,駄目だ……!
少年はあわてて視線をそらした.
何もない暗闇を見つめ,そして歴代シグニア王国国王の名前を心の中で暗誦する.
落ちつけ,落ちつくんだ!
必死に自分で言い聞かす.
俺の名前はライゼリートじゃないか,こんなんじゃ"理性の光"の名折れだ.
ちなみに次兄のイスカはイスファスカで"おのれへの誇り",長兄のラルファードは"れんびんの情",父のリフィールは"公正な裁き"である.
一生懸命に少女とは関係のないことを考えたおかげか,気持ちがだんだんと落ちついてきた.
少年はほっと安堵のため息を落とす.
私なんかで役に立てるなら,私,なんでもするよ.
と,唐突に少年は少女の言葉を思い出した.
なんでも,というのは,純粋に少年が困っていたら助けてあげたいということだ.
しかし別の意味に取りたい自分がいる.
なんでもするって言っているのだから,ちょっとぐらい…….
少年はあわてて,パンパンと強く自分の両ほおをたたいた.
しっかりしろ! 俺の名前はライゼリート,ちなみに初代国王ケーリンゼン,第二代国王サイゼン,第三代国王バリアテイ,第四代国王……,
少年の眠れぬ夜は,こうしてふけてゆく…….
******
「ライム王子! もう朝ご飯できているよ!」
朝,なかなか目覚めない少年の肩を,少女は軽くゆすった.
少年の寝顔は子どものように愛らしい,実際にサリナの方が半年ほど年上だから,そう感じてしまうのだろう.
さらさらと流れる金の髪,きめこまやかな素肌.
どうしよう……,かわいいかもしれない.
少女は思わず,少年の寝顔に見入ってしまった.
「サリナ,いいよ! 二人で食べてしまおう.」
火のそばで,薄水色の髪の青年が声をかける.
「ライム殿下は出発までに起こせばいいさ.」
一緒に旅をして気づいたことだが,この長身の青年は結構王子に対して遠慮がない.
「でも……,」
少女は困って,少年と青年を交互に見た.
「王子,起きてよ!」
ぺちぺちと少年の柔らかなほおをたたく.
すると少年は少女の手をつかんで,寝返りをうつ.
むにゃむにゃと何か寝言を言っているので,耳を寄せると,
「……代国王リフィール,」
「はぁ?」
少女は首をかしげた.
どうやら金の髪の少年は,王子という身分にふさわしい高尚な夢を見ているらしい.
意味がわからないまま,少年に手を取られていると,
「サリナ,ライム殿下を起こす魔法の呪文を教えてあげるよ.」
にまにま顔の青年がやってくる.
そしてそっと少女の耳に,秘密の呪文を流しこんだ.
「なっ!?」
とたんに少女の顔は真っ赤になる.
「そ,そんなこと,言えるわけないじゃないですか!?」
青年はおかしそうに,からからと笑い出す.
「きっと殿下は大喜びで起きてくれるよ.」
「からかわないでください!」
少女が大声を張り上げていると,さすがに金の髪の少年が目を覚ます.
「サリナ……?」
吸いこまれそうな深い緑の瞳が,ふしぎそうに少女を見上げる.
少女は真っ赤になって,自分でもわけの分からないことを叫んだ.
「ライム王子のすけべ!」
「え!?」
情けないことに,身に覚えのある少年はうろたえた.
「な,何だよ!? お,俺はちゃんと我慢して,」
するとぶっと薄水色の髪の青年がふき出す.
「我慢って……! 殿下,いったい何を,」
ひいひいと腹を抱えて笑い出す.
金の髪の少年は真っ赤になり,少女の方は意味が分からず,
「スーズさん,からかわないでください!」
とりあえず,悪いのは青年だと結論づける.
朝の優しい光の中,青年の楽しそうな笑い声だけが響いた…….




