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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
星降る夜に
14/104

3-1

「気持ち悪い…….」

ゆれる馬車の中で,サリナは青い顔で口もとを押さえた.

「しっかりしろ.」

隣に座る金の髪の少年が,優しく少女の肩を抱き寄せる.

「冷たい水でも飲むか?」


薄茶色の髪の少女は,完璧な車酔いであった.

はす向かいに座る青年スーズは,居心地悪そうに視線をさまよわす.

少年が少女の体調を案じているのはよく分かるのだが,少女がぐったりとしているのをいいことにべたべたに甘い態度をとっていることもよく分かる.

さらに言えば,必要以上に恋人の肩や腰に手を回していることも…….

少年は少女を自分のひざに寝かしてから,荷物の中から木の水筒とコップを取り出す.

そして揺れる馬車の中で器用に水筒から水をコップに注ぎ,生ぬるい水を冷たくする簡単な魔法の呪文を唱える.


ふと,少年は自分を興味深げに眺める青年の視線に気づいた.

気づいたとたん,顔を真っ赤にさせる.

「もう少ししたら,休憩を取りましょう.」

青年はにやにやと笑った,ここで少年をからかって遊ぶのも楽しそうだが,少年のひざの上で少女は本当に具合が悪そうだ.

「馬車のおかげで,早い目に王都に着きそうですしね.」

と言って,スーズは御者席の方へと移動した.


イースト家の魔女による誘拐事件のために,少年たち一行は四日ほど,屋敷に留まるはめになった.

事件の事後処理もあったのだが,少年が熱を出して寝こんでしまったためでもある.

傷だらけの体で炎の中につっこんだのだから,少年が倒れたのは当たり前と言えば当たり前だ.

「私のせいだから.」と言って,サリナが健気に少年を看病した.

スーズはそれをほほえましく思って少女と少年を放っておいたのだが,少女の作る怪しげなおばあちゃん直伝のぬり薬だのお母さんに教わったせんじ薬だののせいで,少年はかなりへきえきしたらしい.


少年の体が回復すると,イースト家の使用人たちが善意で馬車を貸してくれた.

マイナーデ学院学院長コウスイ・イーストを紹介してくれたお礼ということらしい.

馬車のおかげで,旅の遅れはだいぶ取り戻せたのだが……,


「そろそろ休憩を取りませんか?」

御者台にひょっこりと顔を出して,スーズは二頭の馬を操る男に向かって言った.

彼はイースト家の使用人の中では,特に古参のものである.

こげ茶色の髪には白髪が目立っている.

「分かりました.……お嬢様の体調が優れないのですか?」

人のいい彼は,心配そうにたずねてくる.

スーズは,ムチをしならせる男の隣によっこらせと腰かけた.

「えぇ.サリナは馬車に乗るのは初めてですから.」

この国では,馬はあまりありふれた動物ではない.


馬丁の男は隣に座るスーズをふしぎそうに眺めた後で,すぐにぴんときてふふっと笑う.

「すみません,失礼だとは思うのですが……,」

くつくつとおもしろそうに笑いをかみ殺す.

「同情してくださいよ,身の置きどころがありません.」

薄水色の髪の青年は,わざとらしいため息とともに肩をすくめた.

「息子がかみさんを連れてきたばかりのころに似ている,……王子殿下と言ってもわれわれと同じ,」

そこまで言って,はっとしたように御者の男は口をとめた.


王族に対して,なんと無礼な言いぐさだ.

男は真っ青になって硬直する,しかし,

「あまりかしこまらなくていいですよ,」

青年が,やんわりとほほえんだ.

「ライム殿下はあのような方ですし,……それに私は解放奴隷です.」

「え!?」

青年の後半の言葉に,男は本気で驚く.


王族の付き人といえば,普通は下位の貴族がなるものだ.

それが元奴隷の青年!?

「私と私の家族はもともとイースト家に仕えていたのです,今でも奴隷解放宣言のことはよく覚えていますよ.」

それはスーズが七歳のときだった…….


当時王子であった国王リフィールが,これ以上はないほどはっきりと明言したのだ,奴隷制度の廃止を.

スーズたち奴隷も驚いたが,奴隷を使役する主人たちの方がもっと驚きだっただろう.

自分たちの暗い囲われた世界の夜明けを見たように感じた.

そしてそれは正しい認識だったのだ,リフィール王子は反発する貴族たちを抑え,とまどう奴隷たちの手を引いた.

そして国王となってからは,王侯貴族の特権を少しずつ減らし,平民階級の権利を少しずつ増やしていったのだ.


王国各地に学校を作り,そのおかげでシグニア王国の識字率は近隣諸国の中では群を抜いて高い.

また不正にまみれていた王国軍の規律を正し,今では軍隊に対する国民の信頼はあつい.

王はそのカリスマ性を持って,独裁的に王国を変えていったのだ.

「国王陛下は本当に,すばらしいお方です.」

御者の男はうっとりと,心からの声を出した.

「……同感です.」

輝ける王の唯一の悪癖を知っているスーズは,あいまいに答える.


国王リフィール,彼の子どもたちは皆それぞれちがう母親を持つ.

そして誰も,国王を父親としては慕っていないのだ.


涼しい風の吹く川原で休憩をとると,げっそりとしていた少女はすぐに元気になった.

靴を脱いで裸足になり,ばしゃばしゃと浅瀬を駆け回る.

「気持ちいい~!」

冷たい水を両手ですくって,少女は歓声を上げた.


「おいっ,生水は飲むなよ!」

同じく裸足になった金の髪の少年が,あわてて少女を追いかけてくる.

このようなくだけたかっこうをしていると,とてもではないが王子には見えない.

「生水を飲んだら駄目なことぐらい,知っていますよ~だ!」

心配性な少年に,少女は思いきりあかんべぇをしてみせた.


ふと少女は,川原にいたスーズと御者の男が馬車の方へ戻っていくのに気づいた.

「もう少し,ゆっくりしてってもいいぞ.」

少年が少女の背中に声をかける.

なんせ少なくともあと二日間は,馬車での移動なのだ.


しかし少女は首を振って,

「いいよ,もう元気になった.」

川原に向かって歩き出した.

歩きながら,少女はぽつりとこぼす.

「ライム,……聞いていい?」

少女の沈んだ声に,少年は形のいいまゆをひそめる.

「幻獣の儀式で,私は何をすればいいの?」

少年はぎくりとして足をとめた.


少女は不安そうな顔をして,少年の方を振り返る.

少年は少女のまなざしをかろうじて受けとめた.


少年は少女に対して,何も説明をしていなかった.

ときおり,少女が何か聞きたそうなそぶりを見せても,あえて気づかないふりをし続けた.

幻獣の儀式がどういったものであるのか,なぜ少女の助けが必要であるのか,そして自分が本当に望んでいることは何なのか…….

スーズも何も少女に教えていない,それは少年が少女に対して言うべき言葉であるからだ.


何から説明したらよいのだろうか…….

少年は立ちすくんだ.

「ごめん,もう聞かない.」

少年の表情をどう受け取ったのか,少女はくるっと背中を向けて岸へと歩き出した…….

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