表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
狂気の魔女
13/104

2-6

やけに入り組んでいる屋敷の中を,ライムとスーズはまっすぐに地下室の方へと走った.

魔法具の一種である操り人形がサリナの居場所をつきとめたので,執事の男を追いかけるのをやめたのだ.


走る少年を,誰もとめようとはしない.

メイドも小間使いの男たちもむしろおびえたように逃げ惑い,おろおろとするばかりだ.

それどころか,

「金目のものを持って逃げようか,」

というささやきさえ聞こえる.

彼らの忠誠心の低さに,スーズは少しばかりあきれた.

するといきなり,どぉん! と屋敷が揺れる!

「うわ!?」

予期していなかった衝撃に青年は転倒する.

しかし少年の方は一段と足をはやくする.

「サリナ!」

その名前が,いつでも少年を走らせる.


魔力の暴走だ.

スーズはすぐさま起き上がり,彼の主人を追いかける.

とてつもない魔力が,誰の制御も受けずに奔流している!

「殿下,待ってください!」

いくら金の髪の少年が魔法を得意でも,収めることができるとは思えない.


「あまりにも危険です!」

普段,声を荒げることのない青年の叫びを聞かずに,少年はどんどんと地下へと続く階段を下りてゆく.

地下室への鉄の扉に手をかけた瞬間,少年は「あつっ!」と声を上げ飛びずさった.

「殿下!?」

熱せられた鉄に,部屋の中の惨状が思いやられる.

「やめてください!」

スーズは少年の肩をつかみ,とめようとする.

「行くぞ,」

少しのちゅうちょもない,少年はしゃく熱のドアノブを回した!


吹き荒れる嵐のような炎の乱舞.

スーズはすばやく呪文を唱え,少年の身をガードする.

少年は炎の中心へと向かって駆け出してゆく.

「サリナ!」

すると炎の中で,巨大な竜がゆったりと頭をもたげた.


ぱちぱちとはぜる炎,降り注ぐ火の粉.

熱気と冷気が並存する異常な空間,強風がいまだ未熟な少年の体を押し倒そうとする.

少年は静かな瞳を上げて,底知れぬ魔力を秘めた獣と向き合った.

戦場における最強の剣,……魔術大国シグニアの炎の守護竜.

「サリナ,……今,何を考えている?」

しゅうしゅうと湯気を立てながら,少年の足は凍りついてゆく.

少年の深緑の瞳に映るのは,いとしい少女の姿か,失われた母の姿か.

「……お前も行ってしまうのか,……俺のことは,」

イースト家の魔女のいわれのとおり,魔力を暴走させて狂った母親.

目の前で魔力にのみこまれてゆく母親を,少年は助けることができなかった.

けれど……,

「サリナ,……俺のことを見てくれ,」

それは母が少年に告げた言葉,狂った世界の中で唯一正気を取り戻すとき.

「俺を置いてゆくな! ……闇よ,とこしえの安らぎをわが手に,」

……ライゼリート,あなたのことを想うときにだけ,私は正気に戻れる.

「混沌をいつわりの夢の中に沈め,秩序を取り戻せ!」


ぱりぃ……ん.

少年の下半身を覆っていた氷が,ガラスのようにくだけ散る.

勢いよく燃えさかっていた炎が,一気に勢力を弱める.

熱さに顔をしかめながら青年が鎮火の呪文を唱えると,簡単に炎は消えてゆく.

少年は,地下室の中心で倒れている少女の姿を発見した.


「サリナ,しっかりしろ!」

少年は意識を失っている少女のほおをぺちぺちとたたいた.

「ん……,」

少女がかすかに身じろぎする.

少年は安堵のあまり,へなへなとへたりこんだ.

「……心配させるな.」


そう,いつもいつも身が切られるような思いがする.

少女が,母と同じになってしまいそうで…….


「……ライム,」

少女の淡い緑の瞳が開かれる.

「顔を見せて,」

……あなたの顔をよく見せて,ライゼリート.

「よかったぁ,生きている.」

そのまま少女は,少年の首に抱きついてわぁわぁと泣きはじめる.

「サリナ……,」

少年はとまどった表情のままで,少女の体をおずおずと抱きしめ返した…….


抱き合う少年少女を眺めて,スーズはほぉと安堵のため息を吐く.

炎の収まった地下室は,壁はすすこけて真っ黒であるにも関わらず,いまだ氷塊を残していた.

そして氷の中に閉じこめられた屋敷の主人と思わしき女貴族.

視線を横にやれば燃えつきた木の人形があり,少女がどのような勘違いをしたのかが容易に想像できた.


「あのぉ,」

階段のところから声をかけられて,青年は振り向く.

「あの,わしらはそのぉ,……命令されて仕方なく,」

屋敷の使用人たちが,おそらく主人の罪に加担していたであろう使用人たちが,そこには立っていた.

「アンジェ様がこんなだいそれたことをやっていらっしゃったとは,私どもはまったく気づきませんで,」


青年は苦笑した.

彼の潔癖な主人なら,激怒するところだろうが,

「分かっていますよ,あなた方もこのような主人を持って災難でしたね.」

スーズは,よくも悪くも大人だった.

青年のせりふに,使用人たちの顔がほっとほころぶ.

彼らもきっと罪の追及をまぬがれえないだろうが,今はこう言って置くに限る.

「軍の方には私からも,あなた方はけっして悪くないと伝えておきます,……ここから一番近い王国軍の駐屯地はどこですか?」

シグニア王国の警察機構は,軍隊の一部にある.

また現国王の統治になってからは,公正で誠実な罪の裁きをすると評判であった.

一人の中年の男が場所を答えると,スーズはすぐに呼びに行くように頼んだ.

そして,

「それからマイナーデ学院の方へ,このことを伝えに行ってくれませんか?」


「学院長であるコウスイ・イースト様を頼りましょう.」

王国一の良心として有名なコウスイの名に,使用人たちは色めきたつ.

コウスイならば,けっして彼らを悪く扱わないだろう.

うまくすれば,次の雇用の面倒までみてくれるのかもしれない.


現金な使用人たちは,すぐにスーズに言われたように事件の事後処理にあたった.

あわただしく動き始める彼らをしり目に,青年は氷づけの魔女と被害者である少女たちを観察する.

「……生きているな,」

唐突に,ライムが話しかけてきた.

少年は血がひふにこびりつき,やけどのため顔は真っ赤で,まさに全身傷だらけの状態である.

そして少女は,少年の腕の中で泣き疲れて眠っていた.

「えぇ,……かろうじて,といったところでしょうが.」

少年の傷に応急処置の手当てをするべく,青年は近寄ってひざを折った.


加害者である魔女はともかく,被害者の少女たちが生きているのはうれしいことだ.

「殿下,お手柄ですね.」

青年がほほえむと,少年は照れたようにそっぽむく.

「俺は何もしていない,」

魔女を倒したのはサリナであり,ライムは幻獣による屋敷の崩壊をとめたのみである.

しかしこの場合,お手柄は少年の方であろう.

少女を大事そうに抱く少年の様子をほほえましく感じて,青年は,

「……まさに満身創痍ですね.」

「別にいい.」

予想どおりの答えを返す少年に,思わず笑ってしまった…….

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ