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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
狂気の魔女
11/104

2-4

さらさらの金の髪,深い緑の瞳.

人形のように整った顔に,少女はまさに王子様だと妙に感動したのを覚えている.

マイナーデ学院に入学したばかりのころ,当時から学院長であったコウスイによって,少女は少年に引き合わされた.


「人見知りをする子でね,仲よくしてやってくれないかい?」

不安そうなまなざしをする,さびしげな王子.

少年の様子は,少女の保護欲を刺激するのに十分だった.

「任せてください!」

どんと胸を張って,少女は言った.


「私はサリナ.よろしくね,ライゼリート王子.」

少女が手を差し出すと,常緑樹の豊かさを思わせる瞳が見返してくる.

恥ずかしそうに,はにかんで,おずおずと手を出す少年に,

「やだっ,かわいい!」

思わず少女は,少年の手をぎゅっとつかんで叫んだ.

「学院長様,この子,本当に男の子!?」

すると老人が愉快そうに笑い出す.

「れっきとした男の子だよ.愛称はライム,私のたった一人の孫だ.」

かぁっと真っ赤になってうつむく少年の頭をぽんぽんと優しくたたいて,老人はほほえんだ.


「ライム……,」

ぼんやりと少女は目を覚ました.

かすんだ視界に映る,見知らぬ部屋の景色.

少女は重い体を無理やりに起こす.

「ここ,どこ……?」

豪華な調度の広い部屋だ,少女は天蓋つきのベッドに横たわっていた.


サリナは痛む頭を押さえ,ベッドから降りた.

すると部屋の扉が開いて,一人の女が入ってくる.

真っ赤なドレスに身を包んだ貴族の女だ.

豪奢な黒髪の巻き毛を,頭の上の方で美しく結わえている.


「もう起き上がれるのね,若いからかしら……?」

女はうれしそうにほほえんだ.

「誰ですか? ここはどこですか?」

サリナはきっとにらみつける.

「私に何か用があるのですか?」

用があるに決まっている,自分をさらい,少年を傷つけた女…….


「私の名はアンジェ・イースト,」

ドレスよりも際立つ女の真っ赤な唇.

「あなたではなく,あなたの魔力に満ち満ちた体に用があるの.」

イースト家の魔女,魔力の強い娘に赤札をつけてさらうという…….

「よくも,ライムを……,」

少女は,ざわざわと全身が総毛立つのを感じた.

血にまみれた少年の姿,加害者はこの女だ!


「許さない!」

激情とともに吐き出される魔力,部屋の中で吹き荒れる嵐に女はどすんとしりもちをついた.

「荒ぶる風よ,わが心のままに走れ.」

しかし少女の呪文に,女が別の呪文を重ね合わせる.

「静寂の風よ,あらゆるものをとめよ.」

動の呪文に静の呪文,相反する二つの命令.


「沈黙は許さじ,動脈の大道をゆけ,」

自分自身が発散する魔力なのに,他人からの干渉を受けるなど……!

少女は女からの干渉を排除すべく,声を張り上げる.

「退却は許さじ,征馬の旗を立てよ!」

対する女は,すべらかにゆったりと呪文をつむぐ.

「生あるものの息をとめ,沈黙のままにあるべきところへ帰れ!」

……魔法の技量は,女の方が何倍も上だった.

風は女の方に従い,そよともそよぎさえしなくなる.

少女はくやしげに唇をかむ.

自分の魔法が軽くあしらわれたのだ,しかも女の方はまったく自身の魔力を消費していない.


「なんて稚拙な魔法なのかしら.」

口に手をあて,女はころころと笑い出す.

少女はマイナーデ学院の生徒としての,自分の勉強の不熱心さをのろった.

「こんなにもすばらしい魔力を持ちながら,……あぁ,なんてもったいないの.」

女は少女の方へ一歩進み出る,少女は二歩下がる.

せいいっぱいにらみつけるのだが,気持ちがもう負けてしまっている.

「ねぇ,その魔力,その体,私にちょうだいよ.」

女の真っ赤な唇が,三日月の形に押し上げられた…….


「ライム殿下,……殿下,しっかりとなさってください.」

男の声に,金の髪の少年は意識を取り戻した.

どっぷりと暗くなった森の中,少年はすぐさま見失った少女の姿を探す.

「……サリナは?」

すると黙って,長身の青年は手を差し出した.

半透明にすき通る水晶でできた砂時計,少年が少女に渡した魔法具…….

「それと荷物の中から,サリナのマイナーデ学院の制服が盗まれています.」


少年は痛む体をこらえて,立ち上がった.

「イースト家の魔女だ.」

両腕が包帯でぐるぐる巻きにされており,青年が治療してくれたものだと思われる.

「はい,……街の者から,屋敷の場所を聞いてきました.」

用意のいい青年を,少年は頼もしく見返した.

「真正面から行こう,王子の身分を出せば夜でも追い返されないはずだ.」

と言って,少年はさっさと森の中を歩き出す.

たとえ王子の身分がなくても,少年はイースト家の血族である,けっして門前払いはくらわないだろう.

脳裏には,連れさらわれる瞬間の少女の顔が焼きついている.

必ず守ると誓ったのに……!


青年はあわてて,少年の後姿を追いかける.

少年が動くたびに,少年の腕の白い包帯に軽く血がにじむ.

けががふさがってから,など少年が聞くはずもない.

すると,つと金の髪の少年は振り向いた.

「スーズ,」

しかしすぐに恥ずかしげに視線をそらして,再び歩き出す.

「助けてくれてありがとう.」

背中からのお礼に思わず微笑が漏れてしまう,青年はにっこりとほほえんで答えた.

「どうしたしまして,殿下.」


十七歳のこの少年はなかなかどうして,素直というか王族らしくないというか.

本人に言えばむきになって否定するにちがいないが,祖父であるコウスイと異母兄であるイスファスカの影響を大きく受けているのだ.

「必ず,サリナを助けましょう.」

「あぁ.」

そして何より,平民であるサリナの影響を…….

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