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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
魔術学院
103/104

16-6

あっという間の出来事だった.

抵抗するすべなどない.

吹き飛ばされたアデルは地に倒れ伏し,砂をかんだ.


シグニア王国の魔術師とは,これほどの力を持つものなのか…….

起き上がろうとしたが果たせずに,少年はぐしゃりと倒れこむ.

かすむ視界のはるか向こうに,さきほどまで打ち合っていた少年の姿が見える.

衝撃によって,これだけの距離を飛ばされてしまったのだ.

これでも術者の少女はかなり手加減をしたのだろう,魔術による裂傷はほとんどないのだから.

「アデル!」

いつの間にか,姉が少年の顔をのぞきこんでいた.

「けがは!? 立てる!?」

少年と同じ顔をくしゃくしゃにゆがめて,今にも泣き出しそうに.

振り返れば,二台の停車した馬車がすぐそばにあった.

馬車から飛び出してきた部下の男たちが,立てない少年を抱き上げる.


負けたのだ…….

姉に泣かれ,部下の男たちに支えられ,少年はぼんやりと思う.

まるでアデルを見送るかのように,ライゼリートたちが二人で立っていた.

魔術学院の知識を得ることもできずに,奴隷出身の国王にどろをぬることもできずに.

……そして,金の髪の少年の幸福を盗むこともできずに.


去ってゆく馬車を,ライムはサリナとともに見送った.

ただ二人,しっかりと手をつないで.

しばらくすると,馬の駆ける音が背後から近づいてきて,

「殿下,サリナ! けがはありませんか!?」

「うわっ! 砂まみれじゃねぇか! 大丈夫か!?」

耳なじみのある声が,次々と飛びこんでくる.

不本意ながら少年は,自分の気持ちがほっとゆるむのを自覚した.


「大きなけがはありませんね,ライム殿下.」

馬から下りた薄水色の髪の青年が,少年の傷の状態を確認しようとすると,

「あぁ,だいじょ……,」

言い終えずに,少年は真っ青になって口もとを押さえる.

そのまま倒れこみそうになる少年を,青年はしっかりと支えた.

「ちょっとだけ,失礼します.」

青年はサリナたちに,無駄にさわやかな笑みを見せてから,

「さぁ,殿下.行きましょう.」

できるだけ遠くへ,少年を引きずるようにして連れて行く.


「病み上がりの体で,無茶をしたからですね.」

トゥール教官が,少年に対して同情的なことを言うと,

「女性の前で,情けないやつだな.」

ダグラス教官は,あきれたように肩をすくめた.

大人たちがやってきて安心した少年は気がゆるみ,そのついでに体調不良が復活したらしい.

少し離れた場所では,青年が主君の少年の背をさすっていた.

「さっきまで,いつもどおりだったのに…….」

無邪気な瞳をぱちぱちとさせる少女に,教官二人は,

「それは恋人の前でかっこつけていただけ.」

というせりふをのみこんだ.


魔術学院マイナーデ.

魔術大国シグニアの最高教育機関である.

西ハンザ王国からの迷惑な使者たちが去り,学院は日常を取り戻していた.

故郷へと帰っていた生徒たちも戻り,何ごともなかったかのように授業が行われている.

西ハンザ王国とのことは,後は王宮の人間たちの仕事である.

いっそのこと本当にアデル王子らを人質にとって戦争を,という意見も出たらしいが,新国王が断固として拒否したらしい.


学年末,卒業試験を前に,学院の図書室は生徒たちで混雑している.

その中の日当たりのいい席で,サリナは最後のテスト勉強に励んでいた.

少女の向かいの席を,当たり前のように金の髪の少年が陣取っている.

ライムの裏工作のおかげで,少女は思いのほかあっけなく平民の身分を取り戻した.

そして学院長のコウスイが情報をうまく遮断してくれたために,学院内ではサリナが王女かもしれないと疑われたことを知らない者が多い.


そう,何もかも元通りだ.

少女はそっと顔を上げて,本を読んでいる少年の顔を見つめた.

普段からちゃんと勉強している少年は,テスト前にあわてる必要はない.

のんびりと,テストとは無関係の本を読んでいる.

「サリナ,さぼるな.」

視線を感じたのか,少年は顔を少女の方へと向けた.

「あ,……うん.」

まじめな調子で注意されて,けれど少女はどこかうれしくなってしまった.

「……ありがとう.」


「何が?」

ふしぎそうな顔をする少年に,少女はあいまいな笑みを返す.

「テスト勉強に,つきあってくれて.」

いつも,そばにいてくれて.

「ライムがいてくれたから,私はここまで来れた.」

入学したときから,ずっとそばにいてくれた.

守ってくれた,助けてくれた.

ぎこちなく差し伸べる手で,……いや,今は頼もしい腕で.

「礼は,卒業してから言ってくれ.」

照れ隠しに,少年はぶすっとすねた顔になる.


その顔をかわいいと言ったら,きっと本気で怒り出すのだろう.

少女は一人で,くすくすと笑い出す.

「……ちゃんと卒業しろよ.」

少年は,あきれたようにつぶやいた.

「故郷へ帰るんだろ?」

一緒に,という言葉が聞き取れないほどに小さくて,くすぐったくてうれしくなる.

「ん,がんばる.」

にこにこと笑っていると,

「なら,いい.」

少年は少女から視線をはずして,読書に戻った.

本の背表紙には,土と肥料の働きというタイトルが書いてある.

よくこんなタイトルの本が学院にあったな,と思う.

この学院には,そして少年には似合わない本.

しかし,それもいつかは,しっくりとくるようになるのだろう.


ずっと一緒にいよう.

魔法の呪文を正しく唱えて,二人で願いをかなえよう.

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