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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
魔術学院
102/104

16-5

「私なんか誘拐しても何の役にも立ちませんよ! 魔法なんてほとんど,うわっ!?」

かすかに揺れた馬車に,少女はバランスを崩してよろめく.

「と,とにかく,私は魔法が不得意です!」

どすんとしりもちをついた後で,少女は叫んだ.

羞恥のために,真っ赤に染まった顔で.


「そんなにいばって言うことじゃないだろ?」

少女のコミカルな様子に,少年は妙に和んでしまう.

この少女は,なんというかかわいらしい.

しゃべればしゃべるほどに,やはりライゼリートの恋人なのだと確信できる.

「アデル! この人が大魔術師というのならともかく,普通の女の子じゃない!」

すると姉が,少年と少女の間に入ってくる.

「連れ帰っても,何の役にも立たないわよ!」

「そう,そのとおりです!」

姉の言葉に,人質の少女は息を巻いて同意した.


「なにか変よ,アデル!」

エイダは必死な顔をして,アデルに詰め寄る.

「うまく言えないけれど,どこかがおかしいの!」

「どこかって,どこが?」

だが少年には,姉の言いたいことがよく理解できない.

「だから,いろいろと……,」

姉が言いごもると,しりもちから復帰したらしいサリナが,

「うん! おかしい! だから私を帰して!」

と,まるで友人のように姉を後押しした.

「そうよ.この人を帰して,早くシグニア王国から出ましょうよ!」

賛同者を得たことで,姉は元気を取り戻す.

「私は足手まといにしかなりませんから,今すぐ馬車から降ろしてください!」

どのような相乗効果なのか,サリナの声もどんどんと大きくなる.


「早く逃げなくちゃ駄目なのでしょ! ならこの人はここで捨てた方がいいわよ!」

「思いきり邪魔者ですから! ここで降ろしてください!」

人質の少女と意気投合しているとしか思えない姉に,少年は頭を抱えた.

「エイダ……,黙っていてくれ.」

左右からきゃいきゃいとかんだかい声で責められて,少年はげんなりとする.

だいたい姉はなぜ,ライゼリート王子の婚約者と仲よくできるのだ?

恋敵ではないのか? それともアデルの話を聞いていなかったのだろうか.


「彼女は,ライゼリート王子の婚約者だよ.」

するとよほど息が合っているのか,少女たちは同時に否定する.

「ちがいます!」

「そうは思えないわ!」

「なら僕の一目ぼれだ.彼女を連れ帰って妃にする.」

少年が適当に口にした言葉に,少女たちは一瞬の空白の後で「えええええ!?」と声を合わせた.

「ほ,本気なの!? アデル!」

「困ります! 私には好きな人がいるんです!」

薄茶色の髪の少女は,エイダを頼るように彼女の背に隠れる.

「ごめんなさい! その人以外とは一緒になりたくないんです!」

盾にされた姉は,どうしようとアデルの方を見やる.

人質の少女を守るべきか,差し出すべきか.


少年は,おもむろに座席から立ち上がった.

そして,姉の背後に隠れる少女を引きずり出す.

ごめんなさいなどと言って,少女は自分の意思が尊重されると思っているのだろうか.

「や,やだ!」

少女の抵抗をものともせずに,少年は少女の体を抱きしめた.

とたんに,めまいがするような幸福感がわき起こる.

「離して! ……助けて,」

けれど,それは少女のせいではない.

「ライム,助けて!」

その名が,アデルを狂わせる!


瞬間,目に見えない衝撃波が少年を襲った!

どぉんと背中から落ちる,息が詰まるほどの衝撃.

しかしそれだけでは衝撃は吸収しきれずに,アデルはごろごろと砂の地面を転がる.

砂が口に入る,むせ返る.

何とか止まって体を起こせば,くらりとめまいがした.

道の向こうに,馬車が二台去ってゆく.

あれはアデルが乗っていた馬車だ,もう一台には部下たちが乗りこんでいる.

「大丈夫か!? サリナ!」

そして,すぐそばにいる,

「……ライム,」

アデルと同じく,砂にまみれている少年と少女.


アデルは黙って,二刀の腰の剣を抜いた.

金の髪の少年も,無言で立ち上がる.

背中に,愛しい恋人を守って.


本当はサリナだけを連れて転移したかったが,アデルがサリナを抱きしめていたために果たせなかった.

ライムは,心からの敵意を外国の少年に送る.

なんのために少女を誘拐しようとしたのか分からないが,たとえ何のためであろうと,許せるものではない.


「サリナ,援助を頼む.……光の魔法だ.」

視線はアデルから離さずに,ライムは両手を胸の前で軽く交差させる.

馬車から落ちたときにできた傷やあざは,興奮しているためか痛みを感じない.

「うん,分かった.」

少女のしっかりとした返事,それを合図にアデル王子が駆け出してくる!

「わが名はライゼリート・イースト.知性の光よ,われとともにあれ!」

早口の呪文により出現する魔術師の杖.

間一髪で白刃を受けとめて,少年の目の前で火花が散る!

交差する視線,けれど何も言葉は発しない.

歯を食いしばって,重い斬撃を力任せに杖で押しやる.

アデルはすばやく後ろに飛びずさる,ライムの方は多少バランスを崩した.


「光よ,古の勇者の栄光を称えよ,その名はケーリンゼン.」

後方で少女が唱える呪文は,最上級の光の魔法.

「彼の治む王国の栄華を知らしめよ,その名はシグニア.」

詠唱時間の長さも,最上級だ.

再び二刀の剣が,ライムに襲いかかる.

「われに,守護の輝きを!」

魔力を持った杖が,銀色に輝く.

がしゃんという音がして,アデルの片方の剣が折れる.

しかしその程度のことでは,アデルは引かない.

ライムも引かない,ぐっと足を踏みしめれば砂ぼこりが舞う.


呪文を唱える少女の足もとで光が踊り,魔方陣が形成されてゆく.

高位の魔術師は,魔方陣を描くのではなく従える.

自分を守る少年を信じきって,少女は無防備に魔力をつむぎ合わせる.


少女の呪文を聞きながら,少年二人はたがいの武器で打ち合う.

本当は戦うのではなく逃げるべきだ,とライムもアデルも分かっていた.

ともに,砂まみれで傷だらけの体で.

また,追っ手が来ることも予測できていた.

馬車はすぐに引き返してくるだろうし,マイナーデ学院からの追撃隊もすぐに到着するだろう.

だが,たがいにたがいを前にしては後には引けない.

そして戦いはじめてしまえば,もはや戦う理由はどうでもいい.


「出でよ,炎の牙!」

威力は小さいが,短い呪文で発動する炎の魔法.

「くっ……!」

苦しげな顔をするが,アデルの武芸の腕前はライムよりもずっと上だ.

少しずつ押されてきているのに,金の髪の少年は気づいていた.

「なぎ倒せ,戦いの風!」

風の圧力が,二人の少年の間に距離を作る.

それは,魔術師にとって有利な間合い.

「光よ,暗闇を切りさき,人の子ののぞみをつなげよ,」

長い呪文詠唱を始めたとたん,

「甘い!」

黒髪の少年による剣げきで,弾き飛ばされる白銀の杖.

続く第二激目には,確実な殺意がこもっている.

「サリナ!」

けれど分かっている,少女が必ず自分を守ることを.


視界が白に焼ける.

真っ白な世界の中で,黒髪の少年が飛ばされてゆく.

そして,あまりの威力にライムまで軽く飛ばされた.

魔術大国シグニアの名を呪文に持つ,光の最上級魔術.

天まで届く光の柱,その圧倒的な光量.

大陸全土に見せつける,魔術師の脅威.

魔術学院マイナーデの知識のすいは,一人の少女の中で昇華した.


光が収まり,少年が起き上がると,少女が「大丈夫!?」と言って駆け寄ってきた…….


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