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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
魔術学院
101/104

16-4

魔法には,入念な準備がいる.

特にライムのようにあまり魔力のない者が,大がかりな魔術を成功させようと思ったら,一日を準備に費やしても足りないくらいだ.

しかし今は,あまり時間がない.

限られた時間内で,できうるかぎりのことをしなくてはならない.

黒装束に着替えた少年は,身の丈ほどの長さの白銀の杖を持って,魔方陣の中央に立った.


密度の濃い魔方陣を描くこと,補助として魔法具を使用すること,呪文を唱えるときの息づかい,音の高低,それら小さなことの積み重ねが魔法の成功のかぎを握る.

少年はあせる気持ちを抑えて,深く息を吸って吐く.

そして,

「大地に落ちる翼の影よ,」

呪文を唱え始めた瞬間,

「ライム,やめなさい!」

いきなり後ろから腕を引かれて,少年はどすんとしりもちをついた.

「じいさん!?」

少年の魔法の邪魔をした犯人は,祖父のコウスイである.


「サリナとルッカがさらわれたんだ!」

「聞きなさい! サリナがアデル王子にさらわれて,馬車に乗せられた!」

少年と老人は,同時に叫ぶ.

しかしさとい少年はすぐに,祖父のせりふの中で一番重要な単語に気づいた.

「馬車……?」

高速で移動するものに転移するのは,ほとんど不可能である.

もしも近くに転移できたとしても,徒歩では馬車に追いつけない.

下手をすれば馬車の目の前に転移し,ひかれてしまう可能性もある.

「馬で追いましょう,殿下.」

薄水色の髪の青年が,少年の腕をひっぱって立たせた.

その青年の後ろには,険しい顔をしたダグラス教官とトゥール教官.

「足の速い馬を用意してもらった.一緒に追いかけよう.」

ダグラスは言い,すぐに背中を見せて部屋から出て行こうとする.


「いや,俺は魔法で飛びます.」

教官たちの背中に向かって,少年はしゃべった.

「サリナは必ず俺の名前を呼ぶから,その声をたどって馬車の中に飛びます.」

少女が少年の呼び声にこたえて,戦場のまっただなかへと飛んだように.

自分も飛べるはず,幻獣などいなくても.


少年の強い瞳に,大人たちは何も言えなくなる.

たとえ少女が呼んだとしても,博打のような危険な魔法だ.

馬で走る方が,時間はかかっても確実である.

しかし,

「私たちは,馬で追います.」

一瞬の沈黙をやぶり,薄水色の髪の青年がほほえんだ.

少年の魔法の腕前を,誰よりも分かっているからこそ.

「サリナのところへ着いたら,光の魔法で場所を知らせなさい.すぐに追いつきますから.」

トゥールの言葉に,少年はうなずく.

「分かりました.」

二人はともに知識偏重型の魔術師であり,今も同じような黒装束を着ている.


「ライム,唱える呪文の属性を教えなさい.魔法の補助をしよう.」

コウスイも覚悟を決める,この孫を信じるのみだと.

ラティン教官はすでに,ライムの描いた魔方陣を勝手に補強している.

「転移位置精度の高い,」

「ライム殿下!」

少年が答えようとすると,今まで後ろで控えていたルッカが前に飛び出てきた.

「ごめんなさい,私のせいで……,」

青ざめた顔で,謝罪する.

「本当に,ごめんなさい…….私が守らなくちゃいけなかったのに.」

なぜサリナ一人をさらったのか,ルッカには分からない.

人質にするのならば,そのまま自分を連れてゆけばよかったのに……!


「大丈夫だ,ルッカ.サリナは必ず連れ帰る.」

驚くほど自然に,そのせりふは少年の口から滑り出た.

「それに昔から,サリナを守るのは俺の仕事だ.」

そう,それは出会ったときから.

少女を守るのは,少年の義務であり権利でもあった.

「そうだろ? じいさん.」

余裕のある笑みを,少年は祖父に向ける.

この老人に,引き合わされた.

「そうだよ,……けれどそれを君に言われる日が来るとは思わなかった.」

白髪の老人は,瞳で笑みを返した.


「なんで,連れてきたの!?」

揺れる硬い板の上で,サリナは目を覚ました.

「魔法書の代わりさ,手ぶらでは帰れないだろ?」

くらくらする頭を押さえ,起き上がる.

床の上で寝ていたので,体中が痛かった.

「代わりって!? 人間じゃない!」

少女の目の前では,アデル王子と王子と同じ顔をした少女が言い争っている.

馬車の中であり,ほかには誰もいない.

サリナには,今のこの状態がさっぱり理解できなかった.

すると,アデル王子がサリナの方を振り向く.

「サリナ,だろ? ライゼリート王子の婚約者の.」

少女はただ,少年の顔を凝視した.


「……ルッカさんはどこですか? 無事なのですか?」

わけが分からぬままに,少女は姿の見えないルッカの身を案じる.

「彼女は無事だよ.」

少年は優しくほほえんで,少女の方へ近づいてきた.

座りこむ少女のそばでしゃがみ,少女の髪をふと房だけ取る.

「今ごろ,君の行方を必死で探しているんじゃないかな?」

「離して!」

少女は,ぱんっと少年の手を払う.

やっと自分の置かれた状況が分かったのだ.


「どうして……!?」

問いかけておきながら,少女は恋人の言葉を思い出す.

西ハンザ王国のやつらの目的は,俺たちの魔法の知識だ.

「私,単なる使用人です,平民です! マイナーデ学院の生徒じゃありません!」

悟ったとたん,少女はつばを飛ばしながら大声でうそをまくし立てる.

「君は貴族だろ? そしてライゼリート王子の婚約者だ.」

しかし少年は,まゆひとつ動かさずに言い返す.

少女の優しげな甘い顔だちは,何よりもあの金の髪の少年に似ていた.

「平民だってのは本当です!」

少年は思わず,笑ってしまった.

今のせりふで少女は,自分は使用人ではなくマイナーデ学院の生徒であると,みずから告白したようなものだ.

うその仮面をかぶるのが下手なところも似ているらしい.


「うそつき! 門まで飛んだら解放するって言ったくせに!」

無力な少女に非難されても,なんら痛ようには感じられない.

楽しそうな様子の少年の隣で,エイダは信じられない想いで弟の横顔を盗み見た…….

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