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魔術学院マイナーデ  作者: 宣芳まゆり
旅立ちの決意
1/104

1-1

「そはわが息吹,わが旋律……,」

瞳を閉じて,魔法の呪文を正しく唱える.

「風よ,大地の浄化を,」

身のうちからあふれ出てくる力に,胸がどきどきする.

少女の足もとの魔方陣がかっと輝きだす.

「……浄化を,……えっと,」

ごぉと風が吹き荒れる.

みずからが繰り出そうとした魔法の威力の大きさにおびえて,少女は「きゃぁっ!」と悲鳴をあげた.


とたんに少女の体は風に飛ばされそうになる.

「た,助けて……,」

視界が反転する,その少女の視界に映る少年のあせった顔.

「……ライム王子!」

駆け寄ってきた少年は宙に浮いた少女の手をつかんだ,そして少女の顔をぎっとにらみつける.

「われはなんじの支配者なり,命を下すものであり,慈悲を与えるものである,」

よどみなく呪文を口にし,局地的に吹き荒れる強風にしっかりと足を踏んばってこらえる.

涙目の少女は,自分の魔力を制御できそうにない.

「収束せよ! わが命に従え!」


「きゃぁ!」

少年の魔法により風が収まる,すると少女が少年のもとへ落っこちてくる.

「うわっ.」

少女を受けとめそこねて,少年は少女に押し倒されるかっこうで地面に倒された.

「いった~い……,」

少年を完璧に下敷きにしたくせに,少女はうめいた.


「この,……馬鹿!」

上に乗ったままの少女を押しのけて,少年はどなる.

「何度同じ失敗を繰り返せばすむんだよ!?」

少年は真っ赤な顔をして,少女に対して怒った.

少年の背中は,少女のせいで砂にまみれている.

「……ごめんなさい,」

少女はしゅんとうつむいて,謝った.


「もう二度とサリナの魔法の練習にはつきあわないからな!」

少年はいまだ地面に座りこんだままの少女を無視して立ち上がった.

そしてそのまま少女を置いて,汚れたままの背中で校舎の中庭から歩き去ってゆく.

少女はしばらく自分の描いた魔方陣の中でぼう然としていたが,ふと思い立って少年の後を追いかけた.


「ライム王子!」

走って追いかけて,少年の腕をつかむ.

少年は迷惑そうに振り返る,さらっと揺れる金の髪.

「助けてくれてありがとう.」

少女はにこっとほほえんで見せた.


深い緑の瞳を軽くみはらせてから,少年は不機嫌そうにそっぽ向く.

「……髪がぐちゃぐちゃだ.」

少女の薄茶色の髪は,風にもてあそばれたせいでぐちゃぐちゃだった.

「あ,……うん.」

手ぐしで整えようとしても,生来くせ毛のためになかなか元に戻らない.

「魔方陣,ちゃんと消しとけよ.」

それだけ言うと,少年は今度こそ立ち去った.


ここは魔術学院マイナーデ.

中庭に残された少女は,赤レンガの校舎を見上げる.

国中から魔力の強い子どもたちが集められ,この学院で高等魔法を習得するのだ.


少女はぱんぱんと制服についた砂を払った.

白いブラウスに赤いリボン,そして紺色のフレアのスカート.

少女はリボンをきゅっと結び直す.

そして庭掃除用のほうきを持ってきて,魔方陣を消し始めた.

魔力の強い子どもたちといっても,実際に入学することのできるのは貴族や王族のみである.

この少女は,その中で唯一の平民の生徒であった…….


寄宿舎に戻ると,ライムは廊下で不愉快な光景に出くわした.

三,四人の貴族の少年たちがにやにやしながら,窓から中庭を見下ろしているのだ.

「遊びで付き合うにはちょうどいいよな.」

「まぁまぁ見目もいいし,」

ライムはわざと足音を高く鳴らす.

すると驚いて少年たちは振り返った.

無言でにらみつけるライムに,少年たちはおどおどと視線をさまよわせた後で,さっと逃げ出した.


少年たちを追い払って,ライムは軽くため息を吐いた.

窓から見える中庭では,少女が一人で魔方陣を消している.

十七歳,少女は最年長の八年生である.

あいつ,けがとかしてないよな?

少年は少女に声をかけようとして,……けれどやめた.


するとすっと,窓ガラスに長身の男の影が映る.

「ライム殿下.」

足音もなく背後に立った男に,少年は視線を少女に固定させたままで答えた.

「なんだ? スーズ.」

魔方陣を消し終わったらしい少女が,中庭から出てゆく.

小さな肩は頼りなさげに見えるのだが,歩く足取りは意外にしっかりとしている.

「また,サリナの魔法の練習に付き合っていたのですね?」

男のくすくすと笑いをかみ殺したような声に,少年はかっとなって振り返った.

「好きで付き合っているわけじゃない!」

そして再び窓の方を向く.

「……見ていたのか?」


少年のすねたような声に,スーズは肩をすくめた.

「あれだけ巨大な魔力が暴走すれば,誰にでも分かります.」

十七歳になったばかりのスーズの主君は,何か言い返そうと肩を動かしたが,結局何も言わなかった.

「殿下,サリナに関しては身分の差は気になさることはないと思いますよ.」

スーズはこの少年に,子どものときからずっとそばで仕えている.

少年の,周囲の者たちが絶賛してやまない金の髪は砂で汚れきっていた.

「サリナほどの魔力があれば,父王陛下は何もおっしゃらないと,」

「勝手に誤解して,変な話を進めるな!」

青年のせりふを,少年は真っ赤な顔になってとめる.


「だいたい俺は,一生誰とも結婚する気は,」

「殿下,学院長様がお呼びです.」

主君の言葉を強引にさえぎって,スーズは告げた.

「じいさんが?」

少年は,真冬の寒さの中でもけっして枯れることのない常緑樹の色の瞳をぱちぱちとまたたかせる.

マイナーデの学院長は少年の母方の祖父である.

青年は表情を改めて答えた.

「はい,まじめな話のようです.」

「……分かった.」

少年はまゆをひそめて,神妙にうなずいた.

祖父の話が何に関することなのか,少年には思い当たる節があるのだから…….

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