表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/32

第二章(4)


「ちょっと待ってろよ」


 シュウはミリタリーフォークを地面に置いた。そこでふと、何かを思い出したように目線を上げる。


「あー…今の約束さ、三人に増やすことって出来たりしない? いや、出来なかったら出来なかったでいいんだけどさ」


 どうやら誰かのことを忘れていたらしい。目を泳がせるシュウに、アークはくすりと笑みを漏らした。


「大丈夫です、僕、普段叔母と同じ位、時々それ以上働いてるんで、それくらいは」


 大雑把な性格も相まってか、ティアナはお金に関しては非常におおらかだ。金銭面は、寧ろアークの方が細かいほどである。アークが頼み込み、その後しっかりと働けば、三人分の宿泊費を免除するくらいは許しが出るはずだ。


「やり! すごい得した気分なんだけど、縄を解くくらいで本当にいいのか?」


 シュウは顔を輝かせた。アークを心配するように言ったものの、撤回されても困ると思ったのか、それ以上は追及しない。 嬉しそうな顔のまま、シュウはアークの後ろ手に回った。服のポケットに手を入れ、しばらく探って何かを取り出す。彼は縄を掴み、しばらくの間黙っていた。


「よし、切れた」


 シュウの朗らかな声とともに、縄の切れる音がした。アークはすぐさま両手を体の前に出す。手首に纏わり付いていた縄は放り投げた。そして左足に体重をかけないよう、注意しながら立ち上がった。


 深く息を吐く。滞っていた血流が正常に戻り、酸素が全身に巡り始めた感じがする。数時間同じ体勢でいたせいで体が強張っている。それでも、胸は開放感で満たされていた。


「ありがとうございます」


 今度はアークの方からシュウの目線に合わせる。


「タメでいいよ、そんな歳変わんないだろ。オレはシュウ、あんたは?」


 シュウは手にしていたアーミーナイフ(武器と言うよりは、缶切りやハサミなど様々な工具の合わさった小さな道具である)を折り曲げ、仕舞い込んだ。


「ありがとう。僕はアーク」


 二回目の礼を述べて、アークは空を見上げた。


 少し空が白んできただろうか? 夜明けが近づいているのかもしれない。それとも、暗さにアークの目が慣れて、辺りをより見てとることができるようになっただけだろうか。


 シュウにやられた盗賊二人は、いつの間にやら動かなくなってしまっていた。背中が僅かに上下しているので、死んでしまっているなどということはない。地面に横になっているうちに、気絶してしまったか、あるいは眠ってしまったようだ。どちらにせよ抜けているように思える。


 盗賊は全部で四人いるはずで、目の前には二人。自分達の近くにまだ二人いる。彼らはいつまでも戻らない仲間に痺れを切らし、様子を見に来るかもしれない。始めに盗み聞いた盗賊達の会話を思い返す。ひどく厳しい声音の男がいたから、それもありえないことではなさそうだ。


 それをシュウに伝えようと、アークは口を開く。しかしシュウに先陣を切られた。


「ファス! ユーレカ! その辺にいるんだろ、出てこいよ!」


 シュウはアークに背中を向け、茂みの方へと声を張り上げた。


 シュウとアークの背後、声をかけた方角とは全く別の場所で茂みが揺れた。低木をかきわけて二つの影が現れる。


 一人は男、一人は少女だった。前を行くのは屈強そうな男である。肌が浅黒く、肩幅が広い。腰からは大刀を提げていて、それを振り回すのに十二分な力を持っていそうだ。そしてその男の後ろに隠れていたのは少女だった。髪はくせ毛であるようでブロンドの髪が波打ち、肩口で広がっている。実際はアークよりも年上なのかもしれないが、童顔なのかかなり幼く見える。服装も含めて全体的にふわふわとして、綿毛のようだ。綿毛のようにどこかに飛んでいってしまいそうでもあった。


 二人はシュウとアークを目指して一直線に向かって来ていた。その歩みはゆっくりで、急ぐ様子はない。二人とも背中に大きな鞄を背中に背負っており、さらに先を行く男は左腕にもう一つ同じ鞄を手にしていた。表情が読み取れるほど近付いた辺りで、先に少女が口を開いた。


「シュウ、遅いですよー。何やらやっているので後ろから見てたですけど」


「いや、道を聞こうとしたらこいつらがいきなり飛びかかってきてさ……相手にしてたら時間食ったんだよ」


 シュウは顎で、倒れている盗賊達を指し示す。


「似たような人達なら、レカ達も会ったですよ? 攻撃してきたのでファスが倒して、縄で縛ってきたですけど」


 少女は確認をとるように男を見た。男は黙ったまま首を縦に振る。


「問いただしたら彼らは盗賊さんだということで。まあ、村に着いたら駐在さんにでも伝えればいいんじゃないでしょうか」


「そうだなあ、じゃあこいつらも逃げられないようにしとくか」


 シュウは軽くそう言って、男にファス、縄とか持ってる? と尋ねた。男は腕だけを背中に回し、背負っていた鞄から縄を出した。シュウは受け取り、束ねられていたそれをくるくると解く。


 アークはそんな三人を、目の前にいながらにして遠くに感じていた。彼らの会話は耳には入ってくるものの、他のことが頭を占める。盗賊は全て彼らによって捕らえられて、今は身動きがとれない。警官に捕らえられ、法の下で裁かれれば、もう村を襲撃することなどできない。村は安全であり、盗賊を警戒することなどもう必要ない。非日常は終わりだ。


「良かった……」


 力が抜け、思わず声に出していた。男と少女が改めてアークを見る。そこでシュウが、はたと気がついたように言う。


「ごめんごめん。アーク、この二人はオレの仲間で、ファスとユーレカ」


 ファスという言葉に男が頷き、ユーレカという言葉に少女がふわりと笑った。


「で、こっちがアーク。さっき知り合ったんだけど、この森を抜けたところの宿がアークの家なんだってさ」


 アークは頭を下げ、下げたまま、


「三人とも、ありがとうございました……!」


 初めましてという挨拶もそこそこに、絞り出すように言った。


「ありがとうって、礼を言うのはオレ達の方だろ? ただで泊まらせてくれるっていうんだから」


 背中に声が落ちてきて、顔を上げるとシュウが笑っていた。それにつられるようにしてアークも笑った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ