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第二章(1)



 目が覚めた時、意識は妙にすっきりとしていた。一体なぜ自分がこんな夜更けに森にいるのかと混乱に陥ることもなく、自分がここまでに至った経緯を思い出すこともできた。


 はあ、とアークは一つ息を吐く。それは幸福が逃げると呼ばれる類の諦めが混ざったものではなく、ただ頭を整理するためのものだ。それからアークは双眸をあげた。


 依然として、木々の上から夜は横たわっている。先刻よりその濃密さは薄れてきているようにも思えるが、それでも、一日が始まったと言うには早い。夜はまだ明けてはいなかった。


 ……ああ、良かった。まだ、大丈夫だ。


 近付いてくる人影を見つめながら、アークは言葉を口に含んだ。


「あ、お前、起きてたのかよ。なら言えよ、こっちが困るじゃねぇか」


 その男は軽い調子でそう言い、しゃがみ込んで目線をアークに揃えた。その動作に、アークは自分の置かれた状況を改めて意識する。


 細めの若木に後ろ手を回され、手首を縄で固定されていた。縄は手首に食い込むことこそないものの、そう甘く結わえられているわけではないらしい。両手の甲を逆方向へと動かそうと試みたところで、いっこうに緩む気配がない。またその両手は極めて低い位置にあり、つまり、それによって座らざるをえなかった。背中が樹皮に密着しているために、組んだ足の形を変えることすら難しい。さらに、体のあちこちに作った擦り傷が、痛みをもって存在を主張し始めていた。それは一度気づいてしまえば、だんだんと辛くなってくる状況だった。


 アークは男のいる方を見つめる。男は数歩先にいるというのに、闇に溶け込んでその姿は判別しにくい。ただその声から判断しても、目の前にいる若い男が盗賊の一人であることは明らかだった。彼はアークが木々の陰に隠れていた時に耳にした、あの若い男の声の持ち主だ。


 アークは彼らに捕らえられてしまったようだった。あれだけ大きな音を立てて走ったのだから、自分の存在が盗賊達にばれなかったとは思ってはいなかったが、見つけられ、捕らえられてしまっていたとは。逃げる途中で倒れてしまった自分が情けなく、悔やまれる。


「何でこんな時間にあんなとこにいたのかは知らないけどさあ――あ」


 男はさらに近付いて、アークが簡単に逃げられないような状態にあるのを確認した。


「もしかして、俺達の話聞いてたとか?」


 顔を寄せられて、初めて男の表情を見てとることができた。彼は貼りつけたような、ひどく薄っぺらい笑みを浮かべていた。しかしその目は笑っておらず、その暗さは底無し沼を思わせる。


 男の質問に、アークは答えない。正直に答えるのならば、男の言う「話」――おそらくは、村を襲って金品を奪うという計画のことだろう――を、アークは一部始終耳にした。しかしきっと、素直に答えたところで嘘を言ったところで、この男はアークに好感など持たないだろう。無事に返してくれるとは思えない。そんな危険さを感じさせる色を、目の奥に湛えていた。


 アークは黙ったまま、ろくに瞬きもせず男を見る。


「ああ、シカトか? 自分の立場分かってんのか、お前――それともその目は飾りで、実はまだ気ぃ失ってるとかか?」


 男は早くも痺れを切らしたようだ。苛ついた声音とともに膝を伸ばし、アークを見下ろす。


 その剣幕に押され、アークは思わず口を開いた。しかし、何か話す間もなく、アークは口をつぐんだ。若い男の背後に、もう一人男が姿を見せていた。


「いい加減にしろ、これ以上問題を増やす気か」


 新たに現れた男は四、五十代に見えた。年齢差としては若い男と親子と言っても問題のないようだったが、しかしその容姿は全く似ていなかった。


「口出ししてくんなよ、あんたいちいちうるせぇんだよ」


 若い男はアークから視線を外し、中年の男に突っかかっていく。彼は中年の男に、普段から相当に反感を抱いているようで、アークのことなど忘れてしまったかのようだった。


 あの中年の男は、アークが固定されている木々のはるか前方、茂みの奥から現れたようだ。地の利もない彼らが、よっぽどのことがない限り、こんな夜に森の中を動き回るとも思えない(アークという、計画の傍聴者がいたというのは「よっぽどのこと」だったらしい)。ならば、そちらの方角に歩いていけば、すぐ盗賊の焚き火が見つかるのだろう。もっとも、見つけたところで何にもならないし、そもそもアークは動くことすらできないのだが。



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