↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界リペア工房 ~ハズレスキル「鑑定・修理」でガラクタも人生も直します~』  作者: 森


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
98/113

第97話 鐘が鳴る前に


時計台最終修復、四十五日目。


完成記念式典まで、あと一日。


朝から町は賑やかだった。広場には色とりどりの旗が飾られ、商店の軒先には明日の式典を知らせる看板が並んでいる。パン屋からは焼きたてのパンの香りが漂い、花屋では時計台を飾るための花束が次々と作られていた。


二百三十八年前に建てられた時計台が、明日の正午、正式に時を刻み始める。


町の人々にとって、それは長い間待ち望んでいた出来事だった。


修は工房の扉を開け、広場を眺めた。


「ずいぶん賑やかになったな」


「お祭りですからね!」


隣にいたエルクが嬉しそうに答える。


「町長さんが、明日は朝から屋台を出していいって許可したそうです。商店街の人たちも張り切ってましたよ」


「そうか。なら、修理が終わったら何か食べに行こうかな」


「僕も行きます!」


「俺も行く!」


二人は同時に振り返った。


いつの間にか、ロイが工房の前に立っていた。


木の剣を腰に差し、胸を張っている。


「勇者として、時計台の完成を見届ける!」


「勇者じゃなくても見届けられるぞ」


修が笑う。


「でも、勇者がいた方が盛り上がるだろ!」


「それはどうかな」


「絶対に盛り上がる!」


ロイは自信満々だった。


その時、工房の奥からリペが飛び出してきた。


「皆さん! 重大発表があります!」


「何だ?」


修が尋ねると、リペは大きな紙を掲げた。


そこには、赤い文字でこう書かれていた。


『大時計台スーパー完全復活祭!』


「……まだそれを使うつもりなのか」


「もちろんです!」


「正式名称は完成記念式典だぞ」


「でも、こっちの方が強そうです!」


ロイが目を輝かせた。


「いいじゃん! スーパー完全復活祭!」


「でしょう!」


「勇者の名前も入れようぜ!」


「では、大時計台スーパー勇者完全復活祭!」


「何が復活するんだよ」


修が呆れると、エルクが笑いながら紙を受け取った。


「リペ先輩、これは工房の中に飾りましょう。広場の看板は町長さんが用意してますから」


「仕方ありませんね!」


リペは満足そうに頷いた。


「では、工房の公式看板にします!」


「公式にはしないでくれ」


朝から騒がしい。


だが、修はそんな日常が嫌いではなかった。


むしろ、長い旅を終えて戻ってきた今では、この騒がしさこそが工房の日常なのだと感じていた。


⸻


午前九時。


修とエルクは時計台の最終点検を始めた。


昨日、王国技術院の検査に合格したとはいえ、完成式まで何もしなくてよいわけではない。


今日は、明日の正午に向けた最終確認を行う。


「まずは中央機構からだ」


「はい!」


二人は時計台の内部へ入り、階段を上がった。


修は中央機構の前に立ち、鑑定を行う。


【アルド大時計台】


【中央時計機構:正常】


【四面時計:正常】


【鐘楼機構:正常】


【内部安全設備:正常】


【外壁・屋根:正常】


【新型振動調整機構:正常】


【総合修復進捗率:99%】


【最終確認待機中】


「九十九%ですね」


エルクが言った。


「ああ」


「あと一%は何なんでしょう?」


「明日の正式な運転確認だろうな」


「なるほど」


修は中央機構の動きを確認した。


歯車は滑らかに回り、継ぎ輪も正常に機能している。


アルドが残した設計図。


修が作った最後の部品。


そして、何世代もの職人たちが交換してきた歯車や軸。


それらが一つの機構として動いている。


「不思議ですね」


エルクが呟いた。


「何が?」


「これだけいろんな時代の部品が集まっているのに、ちゃんと一つの時計になってることです」


修は頷いた。


「そうだな」


「普通なら、全部同じ時代の部品で作った方がいいと思うんですけど」


「新しく作るなら、それも一つの方法だな。でも、この時計台は違う」


修は回転する歯車を見つめた。


「壊れるたびに誰かが直してきた。だから、今の形になったんだ」


「修理の歴史そのものですね」


「そういうこと」


エルクはしばらく歯車を眺めていた。


やがて、少し照れくさそうに言った。


「俺が作った部品も、百年後に残ってるかな」


「どうだろうな」


「残っててほしいです」


修は笑った。


「残ってなくてもいいんじゃない?」


「え?」


「もっと良い部品ができたら、交換してもらえばいい」


エルクは少し考えた。


「……そうですね」


「でも、エルクが作った記録は残るよ」


「記録ですか」


「ああ。次の職人が参考にできるようにな」


エルクは嬉しそうに頷いた。


「それなら十分です」


⸻


午前十一時。


二人は鐘楼へ上がった。


巨大な青銅の鐘が、静かに吊り下げられている。


修は鐘本体を確認し、打鐘機構の状態を調べた。


【鐘本体損傷率:3%】


【打鐘機構:正常】


【時報連動機構:正常】


【安全制御機構:正常】


【翌日正午・正式打鐘準備:完了】


「問題ありませんね」


エルクが言った。


「ああ。明日は予定通り鳴らせそうだ」


修は鐘を見上げた。


その表面には、アルドの言葉が刻まれている。


『時は、人が刻むもの。』


二百三十八年前、アルドはどんな思いでこの言葉を刻んだのだろう。


修には、まだすべてが分かるわけではない。


だが、以前より少しだけ、その意味を理解できるようになった気がした。


「修さん」


「何?」


「明日、鐘が鳴ったら何か起こるんでしょうか?」


修はエルクを見る。


「どうして?」


「七つ目の音です」


修は少し驚いた。


「知ってたのか?」


「リペ先輩が教えてくれました。七つの遺産を巡って、六つの音を集めたんですよね」


「ああ」


「最後の音は、まだなんでしょう?」


「そうだな」


エルクは鐘を見上げた。


「じゃあ、明日聞こえるといいですね」


修は微笑んだ。


「そうだな」


昨日、アルドの工具箱から見つかった手紙。


そこには、最後の音について書かれていた。


『鐘の音だけを聞くな。その鐘を聞く者たちの声を聞け。』


修はその言葉を思い出した。


最後の音は、鐘そのものではない。


ならば、明日、何が聞こえるのだろう。


修は鐘楼の窓から町を眺めた。


広場では、完成式の準備が続いている。


荷物を運ぶ人。


飾りを取り付ける人。


屋台を組み立てる人。


その中には、修がこれまで修理した道具を使っている人たちもいた。


修理した荷車。


直した看板。


補修した椅子。


小さな修理の積み重ねが、町の日常を支えている。


「……楽しみだな」


修は小さく呟いた。


⸻


午後。


工房へ戻ると、町長が待っていた。


「修、少しいいか?」


「はい。どうしました?」


「明日の式典について、最後の確認だ」


町長は一枚の予定表を広げた。


午前十時。


式典開始。


町長挨拶。


修復に携わった職人たちの紹介。


王国技術院からの修復認定報告。


そして、正午。


時計台の鐘が鳴る。


「鐘が鳴ったら、修復完了を宣言する予定だ」


「分かりました」


「その後、広場で祝宴だ」


「楽しそうですね」


「お前にも挨拶をしてもらうぞ」


修の手が止まった。


「……挨拶?」


「当然だろう。今回の修復責任者なんだから」


「いや、俺は別に……」


「駄目だ」


町長は即答した。


「町の人たちも、お前の話を聞きたいはずだ」


修は困ったように頭をかいた。


「何を話せばいいんですかね」


「好きなことを話せばいい」


「好きなこと?」


「お前がこの時計台を直して、何を思ったか。それで十分だ」


修は少し考えた。


旅のこと。


七つの遺産。


アルドのこと。


ノアのこと。


フロストベル。


音の森。


星渡り峡谷。


話したいことはたくさんある。


だが、全部話せば日が暮れてしまう。


「短くします」


「頼むぞ。鐘より長い挨拶は困るからな」


町長が笑った。


⸻


夕方。


修は一人で町を歩いていた。


完成式の準備をする人々を眺めながら、これまでの旅を思い返していた。


王都へ出張した日。


風車の村で風を待った日。


ベルマーレで帰港の鐘を聞いた日。


フロストベルで氷時計を止めた日。


音の森で新しい記憶を残した日。


星渡り峡谷で、二つの正しさの間に立った日。


そして、町へ帰り、継ぎ輪を作った日。


どの場所にも、壊れたものがあった。


しかし、本当に直すべきものは、いつも目の前の道具だけではなかった。


修は広場の端にあるベンチへ腰を下ろした。


そこへ、ガインがやってきた。


「よう、修」


「ガインさん」


「明日だな」


「はい」


ガインは時計台を見上げた。


「最初にお前が時計台を直すって言い出した時は、正直、無理だと思ったぞ」


「そうだったんですか?」


「当たり前だろ。あんな大きなもの、一人で直せるわけがない」


修は笑った。


「実際、一人じゃ無理でした」


「そうだな」


ガインは頷いた。


「町中の職人が集まって、ようやくここまで来たんだ」


「はい」


「でも、最初に手を付けたのはお前だ」


修は少し考えた。


「最初に手を付けた人は、もっと昔にいたと思います」


「ん?」


「アルドが作ってから、何度も壊れて、そのたびに誰かが直してきました。俺は、その続きをやっただけです」


ガインはしばらく黙っていた。


そして、笑った。


「なるほどな。そういう考え方もあるか」


二人は並んで時計台を見上げた。


「明日、いい鐘が鳴るといいな」


「そうですね」


⸻


夜。


工房へ戻ると、リペとエルクが夕食の準備をしていた。


「お帰りなさい、ご主人様!」


「ただいま」


「今日は特別メニューです!」


「何を作ったんだ?」


リペが鍋の蓋を開ける。


中には野菜と肉がたっぷり入ったスープが煮えていた。


「時計台完成前夜祭スープです!」


「普通のスープじゃないか?」


「名前が違います!」


エルクが笑った。


「味はちゃんとしてますよ。俺も手伝いましたから」


「それなら安心だ」


「ご主人様!」


三人は食卓を囲んだ。


温かいスープ。


焼きたてのパン。


そして、いつもの騒がしい会話。


修はスープを一口飲んだ。


「うまいな」


「でしょう!」


リペが得意げに胸を張る。


「明日はもっと豪華にします!」


「明日は広場で祝宴だぞ」


「では、二回食べます!」


「好きにしてくれ」


エルクが笑い出した。


食事が終わる頃、エルクが修に尋ねた。


「修さん。時計台が完成したら、次は何をするんですか?」


修は少し考えた。


「そうだな……」


長い間、時計台の修復が目標だった。


七つの遺産を巡り、アルドの足跡を追い、最後の部品を作った。


その目標が、明日終わる。


「とりあえず、工房の仕事に戻るかな」


「普通の修理ですか?」


「ああ。壊れた椅子とか、鍋とか、時計とか」


エルクは少し驚いた。


「せっかく大時計台を直したのに?」


「大時計台を直したからって、鍋が直せなくなるわけじゃないだろ」


「それはそうですけど」


「むしろ、普通の修理がしたいんだよ」


修は笑った。


「最近、大きなものばかり直してたからな」


エルクも笑った。


「じゃあ、俺も手伝います」


「もちろん」


リペが勢いよく手を挙げた。


「私も!」


「お前もな」


「では、明日からガラクタ王国の営業再開ですね!」


「その名前は却下しただろ」


「まだ諦めてません!」


修とエルクは顔を見合わせ、同時に笑った。


⸻


深夜。


修は工房の作業台で、最後の修復記録を書いていた。


『アルド大時計台 最終修復記録』


第一工程から第六工程までの完了確認。


第七工程の運転試験結果。


王国技術院の検査報告。


そして、翌日の正式運転確認欄。


そこだけが空白になっている。


修は筆を置いた。


明日、正午。


鐘が鳴れば、最後の欄を埋めることができる。


修は窓の外を見た。


時計台の針は、夜の中でも静かに動いている。


町は眠っていた。


広場の飾りが、夜風に小さく揺れている。


修はアルドの工具箱を開いた。


昨日見つけた手紙を取り出し、もう一度読む。


『最後の音は、私が残したものではない。君が作るものでもない。時計台が完成した時、耳を澄ませ。鐘の音だけを聞くな。その鐘を聞く者たちの声を聞け。』


修は手紙を丁寧に戻した。


そして、静かに呟いた。


「分かりました。明日は、ちゃんと聞きます」


窓の外では、時計台の針が次の一分へ進んでいた。


二百三十八年前から続く時計台の歴史に、新しい一日が加わろうとしている。


修は灯りを消した。


完成まで、あと一日。


明日の正午、時計台は再び町に時を告げる。


そして、七つ目の音が何なのか。


その答えを聞く時が、いよいよ近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。