第104話 北丘陵の地下施設と壊れた安全装置
翌朝、修はいつもより早く工房の扉を開けた。
作業台には、銀色の球体と、オルフェンの家で写し取った古代技術の設計図が並んでいる。
昨夜、球体が示した最後の情報は、修にとって見過ごせないものだった。
【最寄りの接続施設:北丘陵地下】
町の北側にある丘陵。その地下には、百二十年前に発見され、危険を理由に封鎖された古代施設が眠っているという。
しかも、銀色の球体は、その施設とつながっている可能性があった。
「……さて、どうしたものかな」
修は図面を眺めながら呟いた。
「ご主人様! おはようございます!」
工房の奥からリペが元気よく飛び出してきた。
「おはよう、リペ」
「本日は地下探検の日ですね!」
「まだ決まってないぞ」
「えっ!?」
リペは驚いて立ち止まった。
「昨日、地下へ行くと言っていたではありませんか!」
「行く前にやることがあるんだよ」
修は図面を指差した。
「まずは町長に相談して、地下施設の所有関係や立ち入りの許可を確認する。それから、入口が安全かどうかも調べないといけない」
リペは少し考えた。
「つまり、地下探検の前に地上探検ですね!」
「まあ、そんなところだな」
修が笑うと、リペは満足そうに頷いた。
「分かりました! 地上探検の準備をします!」
そう言って、リペは奥の部屋へ走っていった。
修はその背中を見送りながら、小さくため息をついた。
「……また変なものを持ってこなきゃいいけど」
⸻
午前九時。
エルクが工房に到着すると、修はすでに必要な資料をまとめ終えていた。
「おはようございます、修さん!」
「おはよう。今日は町役場へ行くぞ」
「地下施設の件ですね!」
「ああ。まずは町長に話を通そう」
エルクは頷いた。
「分かりました!」
そこへ、リペが大きな布袋を背負って現れた。
「準備完了です!」
修は嫌な予感がした。
「……何を持ってきた?」
「安全装備です!」
「見せてくれ」
リペは袋を開いた。
中から出てきたのは、しゃもじ、鍋の蓋、縄、木槌、そして大量のおやつだった。
エルクが首をかしげた。
「リペ先輩、鍋の蓋は何に使うんですか?」
「盾です!」
「じゃあ、しゃもじは?」
「剣です!」
修は額に手を当てた。
「戦いに行くんじゃないんだぞ」
「でも、地下には何があるか分かりません!」
「だからこそ、専門の人と安全確認をするんだよ」
リペは少し考えた後、鍋の蓋を袋へ戻した。
「では、盾は置いていきます!」
「剣も置いていこうな」
「ええっ!?」
結局、リペは小さな鞄におやつと筆記具だけを入れて出発することになった。
⸻
町役場に到着すると、町長はちょうど書類の整理をしているところだった。
「おお、修君。今日はどうしたんだね?」
「少し相談したいことがありまして」
修は銀色の球体について、これまでの調査結果を説明した。
古代魔道具であること。
リペの魔力に反応すること。
オルフェン家の図面によって、魔力循環機構の中央制御核だと分かったこと。
そして、北丘陵の地下施設が接続先として表示されたこと。
町長は真剣な表情で話を聞いていた。
「なるほど……。北丘陵にそんな施設があるとは、私も知らなかったよ」
「昔の記録には残っていませんか?」
「少し待ってくれ」
町長は棚から古い台帳を取り出した。
ページをめくりながら、北丘陵の項目を探す。
やがて、一枚の古い記録を見つけた。
「……あった」
修が顔を上げた。
「何か書いてありますか?」
「ああ。百二十年前に、地下の人工構造物が発見されたとある」
町長は記録を読み上げた。
「入口周辺に崩落の危険があり、町の判断で封鎖。以後、立ち入り禁止……か」
エルクが尋ねた。
「今も立ち入り禁止なんですか?」
「正式な解除記録はないね」
修は頷いた。
「なら、勝手に入るわけにはいきませんね」
町長は少し考えた。
「ただ、調査そのものを禁止する理由はない。町の管理地だから、必要な手続きを踏めば調査は可能だろう」
「ありがとうございます」
「しかし、修君。危険な場所へ入るつもりなら、慎重に進めてほしい」
「もちろんです。まずは入口の状態を確認するだけにします」
町長は頷いた。
「それなら、ガルさんにも同行してもらうといい。古い石造りの構造物に詳しいからね」
修は笑った。
「ちょうどお願いしようと思っていました」
⸻
昼前。
修たちは石工職人のガルを訪ねた。
ガルは町でも有名な年配の石工で、アルド大時計台の修復にも協力してくれた人物だ。
「北丘陵の地下施設だと?」
話を聞いたガルは、太い眉を動かした。
「そんなもんがあるのか」
「百二十年前の記録に残っているんです」
修は図面を広げた。
ガルはしばらく眺めた後、顎をさすった。
「ふむ……。この地盤なら、地下に空洞があってもおかしくはないな」
「入口の状態を確認していただけませんか?」
「構わんが、危険ならすぐ引き返すぞ」
「もちろんです」
ガルは頷いた。
「よし。じゃあ、道具を持ってくる」
リペが元気よく手を挙げた。
「私も石工のお手伝いをします!」
ガルは笑った。
「おう。頼もしいな」
「任せてください!」
修は慌てて付け加えた。
「ただし、勝手に石を叩かないようにお願いします」
ガルは豪快に笑った。
「はっはっは! それは大事だな!」
リペは不満そうに頬を膨らませた。
「皆さん、私を信用していませんね!」
「信用してるからこそ、役割を決めるんだよ」
修がそう言うと、リペは少し考えて頷いた。
「なるほど! では、私は見張り役です!」
「それで頼む」
⸻
午後一時。
修、エルク、リペ、ガルの四人は、北丘陵へ向かった。
町の北側を抜けると、緩やかな丘が広がっている。
秋の風が草を揺らし、遠くにはアルド大時計台の姿が見えた。
「いい景色ですね」
エルクが言った。
「ああ。町がよく見えるな」
修は振り返った。
時計台の銀色の針が、午後一時過ぎを示している。
あの大時計台を直すために、何度も町の外へ出かけたことを思い出した。
しかし、今回は時計台の修理ではない。
まったく別の古代技術を調べるための調査だった。
「修さん、入口はどの辺りなんでしょうか?」
エルクが尋ねた。
修はオルフェンの日記から写し取った地図を広げた。
「この丘の東側らしい。昔は小さな採石場があったみたいだな」
ガルが頷いた。
「確かに、昔の採石場跡がこの辺りにある。今は草に埋もれているがな」
四人は地図を確認しながら、丘の斜面を進んだ。
やがて、低い崖の下に、不自然な石組みが見えてきた。
「……あれか?」
修が呟いた。
崖の一部には、明らかに人工的に積まれた石があった。
その中央には、大きな石板がはめ込まれている。
ガルは近づいて石組みを調べた。
「ふむ……。こいつは古いな」
「どれくらい前のものですか?」
エルクが尋ねた。
「正確には分からんが、少なくとも今の町で使われている工法とは違う」
ガルは石板の周囲を指差した。
「見ろ。石と石の隙間がほとんどない。相当な加工精度だ」
修は鑑定を発動した。
【古代施設入口・封鎖石板】
【製造年代:約四百八十年前】
【損傷率:12%】
【構造:高密度石材】
【機能:施設入口保護】
【状態:封鎖中】
修は目を見開いた。
「……四百八十年前」
エルクが驚いた。
「図面と同じ時代ですね!」
「ああ。かなり有力な手掛かりだ」
修は石板を慎重に観察した。
表面には、六つの円が中央の円を囲む紋章が刻まれている。
「やっぱり、ここか」
リペが嬉しそうに声を上げた。
「大発見ですね!」
「ああ。ただし、今日は入口の状態を確認するだけだ」
修はガルを見た。
「どうでしょうか?」
ガルは石組みを調べながら答えた。
「石板そのものはしっかりしている。ただし、周囲の斜面が少し崩れているな」
「入口を開けるのは危険ですか?」
「今すぐ開けるのは勧めん。上の土砂を支える補強が必要だ」
修は頷いた。
「分かりました。今日は開けません」
リペが驚いた。
「えっ!? 入らないんですか?」
「安全が確認できてからだよ」
「でも、目の前にありますよ!」
「目の前にあるからって、すぐ開けていいわけじゃないんだ」
ガルも頷いた。
「そうだぞ。石は正直だが、崩れる時は待ってくれんからな」
リペは少し考えた後、頷いた。
「分かりました! では、今日は入口を見つめます!」
修は笑った。
「それなら大丈夫だ」
⸻
調査を続けていると、エルクが石板の下部に小さな金属板があることに気づいた。
「修さん、ここに何かあります!」
修はしゃがみ込んだ。
石板の右下に、手のひらほどの金属板が埋め込まれている。
表面には古代文字が刻まれていた。
「……これは?」
修は鑑定を発動した。
【古代施設・安全制御装置】
【製造年代:約四百八十年前】
【損傷率:67%】
【機能:施設入口の安全確認】
【状態:故障】
【故障原因:内部魔力回路の断線】
修は眉をひそめた。
「……安全装置が壊れている」
エルクが驚いた。
「安全装置ですか?」
「ああ。おそらく、施設の状態を確認するための装置だ」
修は金属板を観察した。
表面には、細い溝が何本も走っている。
しかし、その一部が欠け、魔力回路が途切れていた。
「これが動けば、内部の状態を確認できるかもしれない」
ガルが尋ねた。
「直せるのか?」
「外側の回路だけなら、修理できる可能性があります。ただし、装置の仕組みを確認してからですね」
修は慎重に答えた。
「入口を開けるためではなく、まず安全情報を読むために直したいんです」
ガルは頷いた。
「それなら、わしも手伝おう」
⸻
修は道具を取り出した。
まず、金属板の周囲にある土や苔を丁寧に取り除く。
次に、拡大鏡で回路の状態を確認した。
「エルク、ここを見てくれ」
「はい」
「この細い線が、途中で切れているだろ?」
「本当ですね」
「ここが断線箇所だ。ただ、全部をつなげればいいというわけじゃない」
修は別の線を指差した。
「こっちは、わざと切り離されているように見える」
エルクは顔を近づけた。
「……確かに、切れ方が違いますね」
「そうだ。壊れた部分と、最初からそういう設計の部分を見分けないといけない」
修は慎重に説明した。
「特に安全装置は、間違った修理をすると危険な状態を安全だと判断してしまうことがある」
エルクは真剣に頷いた。
「分かりました」
修は鑑定で回路の状態を確認しながら、損傷した部分だけを補修することにした。
ただし、内部回路には手を加えない。
外側の断線箇所を修理した後、装置がどのように反応するかを調べる方針だった。
「まずは、ここだけだな」
修は細い金属線を用意した。
エルクが補修材を整え、修が断線箇所へ慎重に取り付ける。
「……よし」
修は修理スキルを発動した。
淡い光が金属板を包み込む。
欠けていた回路の一部が、ゆっくりと元の形を取り戻していった。
【修理対象:古代施設・安全制御装置】
【修理範囲:外部魔力回路】
【修理完了】
【損傷率:67% → 41%】
修は息を吐いた。
「外側は直ったな」
エルクが嬉しそうに頷いた。
「やりましたね!」
しかし、修はすぐに首を横に振った。
「まだ終わりじゃない。内部は壊れたままだ」
ガルが尋ねた。
「動くのか?」
「分かりません。確認してみます」
修は慎重に金属板を観察した。
すると、表面の一部が淡く光り始めた。
古代文字が浮かび上がる。
【安全制御装置】
【外部回路:復旧】
【内部診断:一部可能】
【施設入口:封鎖中】
【内部環境:未確認】
修は頷いた。
「……少なくとも、診断機能の一部は戻ったようです」
エルクが目を輝かせた。
「じゃあ、中の状態が分かるんですか?」
「まだ全部は無理だな」
修は表示を読み進めた。
【警告】
【内部診断回路:損傷】
【安全確認:未完了】
【入口開放:非推奨】
修は静かに頷いた。
「やっぱり、今は開けない方がいい」
ガルも頷いた。
「正しい判断だ」
リペは少し残念そうに肩を落とした。
「地下探検はお預けですね……」
修は笑った。
「でも、今日は大きな収穫があったぞ」
「本当ですか?」
「ああ。入口の場所が分かったし、安全装置の一部も直せた」
エルクも頷いた。
「それに、施設がまだ残っていることも確認できました!」
リペは少し考えた後、元気よく頷いた。
「なるほど! では、大成功ですね!」
「そういうことだ」
⸻
夕方。
修たちは調査を終え、町へ戻ることにした。
帰り道、エルクが尋ねた。
「修さん、次はどうするんですか?」
「まずは今日の調査結果を町長に報告する。それから、安全装置の内部回路を直す方法を考えよう」
「内部の構造が分からないのに、直せるんでしょうか?」
「難しいだろうな。でも、外側の回路から分かることもあるはずだ」
修は鞄の中の記録帳を叩いた。
「それに、古代の設計図がある。調べる材料は少しずつ増えてきているからな」
エルクは頷いた。
「俺も図面をもっと勉強します!」
「頼りにしてるぞ」
「はい!」
リペも元気よく手を挙げた。
「私も頑張ります!」
「何を?」
「安全装置を見つめます!」
修は笑った。
「それはもう十分やってくれたよ」
⸻
工房へ戻った修は、銀色の球体を作業台へ置いた。
そして、北丘陵で記録した安全制御装置の図面を広げる。
「さて、どうやって直すかな……」
修は腕を組んだ。
外部回路の修理には成功した。
しかし、内部診断回路は依然として故障している。
無理に修理すれば、誤った安全情報を表示する危険がある。
修は慎重に考えた。
「まずは、内部回路の設計を探す必要があるな」
その時、銀色の球体が淡く輝いた。
修は顔を上げた。
「……ん?」
球体の表面に、古代文字が浮かび上がる。
【外部接続施設:確認】
【施設識別番号:第六系統・北丘陵】
【安全制御装置:損傷】
【修復支援機能:使用可能】
修は目を見開いた。
「……修復支援機能?」
エルクが驚いた。
「そんな機能があるんですか?」
修は表示を読み進めた。
【修復支援機能】
【損傷した外部装置の構造情報を提示】
【ただし、修復作業そのものは実行しない】
【修復者による判断と操作が必要】
修は思わず笑った。
「なるほど……」
エルクが尋ねた。
「どういうことですか?」
「この球体は、壊れた装置を勝手に直してくれるわけじゃない。でも、修理に必要な情報を教えてくれるらしい」
「それって、すごいじゃないですか!」
「ああ。かなり便利な機能だ」
修は球体を見つめた。
「ただし、情報が正しいかどうかは確認しないとな」
リペが元気よく手を挙げた。
「ご主人様! つまり、私たちの新しい仲間ですね!」
修は笑った。
「仲間というより、修理を手伝ってくれる道具かな」
「では、私の後輩です!」
「また後輩が増えるのか」
エルクが笑った。
リペは得意げに胸を張った。
「先輩として、しっかり指導します!」
「何を教えるんだ?」
「しゃもじの使い方です!」
「魔道具に必要ないだろ!」
工房に笑い声が響いた。
しかし、次の瞬間。
球体の表示が変化した。
【修復支援機能:起動】
【対象:北丘陵・安全制御装置】
【損傷箇所:内部診断回路】
【推奨修復方法:交換部品の製作】
【必要部品:古代式魔力導通板】
【製作難易度:高】
修は目を細めた。
「……交換部品か」
エルクが尋ねた。
「作れるんでしょうか?」
修は表示された図面を見つめた。
複雑な魔力回路が刻まれた、小さな金属板。
その構造は、今まで見たどの魔道具とも違っていた。
しかし、修の表情には不安よりも好奇心が浮かんでいた。
「分からない。でも、挑戦する価値はあるな」
エルクも笑った。
「俺も手伝います!」
リペは元気よく頷いた。
「私もです!」
修は工具箱を開いた。
「よし。まずは、この部品の仕組みから調べよう」
古代施設の扉を開くためではない。
その前に、安全を確かめるための装置を直す。
遠回りに見えるその作業こそ、修にとっては何より大切な仕事だった。
そして、銀色の球体が示した新しい図面は、修たちを次の技術的な挑戦へと導こうとしていた。




