紅蓮の埋葬、発火する残像
その街の境界、夕陽が建物の隙間に血を流すように差し込む場所に、その「オーガニック・デリ」は赤銅色の光を反射していた。
今回、影を薄く引きずりながら入ってきたのは、舞台照明の助手を務める青年、透だった。
透は、自分の「透明さ」に絶望していた。
どれほど懸命に働いても、誰の記憶にも残らない。集合写真ではピントが外れ、雑踏の中では肩をぶつけられても謝られることさえない。彼は光を操る仕事を選びながら、自分自身は光を透過してしまう「幽霊」のような存在だと感じていた。
「……僕を見てほしい。一瞬でいい、網膜を焼き切るような鮮烈な色彩で、世界に僕を刻みつけたいんだ。誰の目にも映らない『透明な僕』は、もう死んだも同然だから」
透の肌は、不健康なほどに青白く、血管の走行さえ見えないほどに希薄だった。彼は、自らの存在を「着色」するための、強烈な情熱を求めていた。
店主の男は、透の透き通った手首をじっと見つめ、カウンターの上に「それ」を置いた。
「色彩、ですね。地中の暗闇で太陽の欠片を拾い集め、自らを燃え上がらせる……でしたら、これをお試しください。視線を捉えて離さない、大地の情熱そのものです」
店主が差し出したのは、燃えるような橙色をした、力強いニンジンだった。
それは野菜というよりは、地中から掘り出されたばかりの「熱い炭」のようにも見えた。表面には細かな産毛のような根がびっしりと生え、その一本一本が、周囲の光を吸い込んで赤く発光しているかのようだった。
「『ソーラー・フレア(太陽の紅)』。これを、皮を剥かずにすり下ろし、火を通さずそのまま飲み干してください。あなたの血液は沸き立ち、その肌は、誰よりも鮮やかに世界を照らすでしょう」
透は、縋るようにそのニンジンを持ち帰った。
彼は暗い自室で、おろし金を取り出した。
ガリ、ガリ。
削り出されるたびに、部屋の空気が微かに熱を帯びる。橙色の泥からは、土の匂いと、太陽に直接触れたときのような、乾いた香気が立ち上った。
彼はその「紅い泥」を喉に流し込んだ。
……熱い。
それは飲み物というよりは、溶岩を流し込まれたような衝撃だった。
しかし、胃に落ちた瞬間、透はかつてない充足感に震えた。指先まで一気に熱が巡り、視界が鮮やかな橙色に染まる。
「あ……僕が、見える。僕が、ここにいる……!」
変化は、まず彼の「視認性」に現れた。
翌日、職場に行った透に、周囲が驚きの声を上げた。
「透君、今日はなんだか……眩しいな」
彼の肌は、内側から発光しているかのような、健康的な——いや、健康的すぎるほどの紅みを帯びていた。今まで素通りしていた同僚たちが、次々と彼に声をかけ、彼の存在を確認する。
しかし、その紅は止まることを知らなかった。
三日目。
透は、自分の汗が「橙色」であることに気づいた。
タオルで拭うと、それはまるで絵具を零したように鮮やかに布を染めた。そして、その汗が触れた場所からは、微かな焦げ跡と、人参特有の強い匂いが立ち上った。
彼の体温は常に四十度を超え、触れるものはすべて、熱に浮かされたように赤く染まっていった。
五日目。
透の四肢は、硬く、真っ直ぐに下方へと伸び始めた。
彼の筋肉は繊維化し、その密度は日に日に高まっていく。もはや歩くことはおろか、膝を曲げることさえ困難になった。
彼は自室の中央で、一本の「杭」のように立ち尽くした。
「……もっと……もっと赤く……みんな……僕を……」
彼の意識は、もはや思考ではなく、一つの「発光」へと集束していた。
彼の足先からは、無数の赤い根が床を突き破り、階下の住人の部屋を通り越して、大地深くへと突き刺さった。
彼はもはや空気を吸うのではなく、土壌に眠る「熱」を吸い上げていた。
七日目。
透の肉体は、完全に「ニンジン」へと置換された。
部屋の真ん中に、燃え盛る炎のような色をした、巨大な人型の柱。
そこには、かつての透の顔を思わせる、悦びに満ちた、しかしどこか苦悶の混じった輪郭が、鮮明に浮き出ている。
彼は美しかった。誰の目にも止まる、圧倒的な紅。
だが、その鮮やかさを保つために、彼の肉体は内側から「炭化」し始めていた。
過剰なカロテンの蓄積は、彼の細胞を焼き尽くし、最後には自分自身を薪にして燃え上がるだけの存在へと変えてしまったのだ。
数週間後。
透の部屋から漏れ出す、異様なまでの「紅い光」に気づいた近隣住民が通報した。
警官が踏み込んだ時、そこには家具一つない、一面が橙色の粉で覆われた部屋があった。
中央に鎮座する、人間ほどの太さがある紅き柱。
それは触れるだけで火傷をしそうなほどの熱を放ち、周囲の壁紙をじわじわと焦がしていた。
一人が不用意に光を当てると、その柱は自ら発光するかのように輝き、網膜に焼き付いて消えない「残像」を刻みつけた。
柱の奥底からは、パチパチという、火が爆ぜるような音が響いていた。
それは、世界に刻みつけられたいという願いが叶い、その代償として一秒ごとに自らを焼き尽くしていく、透の魂の咆哮だった。
店主は、今日もエプロンの上に付着した、橙色の熱い砂を静かに指で弾く。
「鮮やかさの果ては、自らを燃やし尽くす灰となります。さて、次は……自身の内側に、言葉にできない『苦味』を抱えている。世界を憎みながら、それを飲み込もうとする……。そんな、歪んだ誠実さを持つ魂に。隆起した皮膚に毒と苦味を蓄えた『苦瓜』などは、いかがでしょうか」




