第一話「名前のないもの」
これは、だれにも見つからなかった「小さなこと」の話です。
悪意があったわけでも、大きな罪を犯したわけでもない。
けれど、胸の奥に残ってしまった、名前のつかない違和感。
子どもだったからこそ、うまく説明できなかった気持ち。
大人になった今なら、きっと「罪悪感」と呼べるもの。
引き出しの奥にしまい込んだ、あの日の記憶を、
そっと開けるところから、この物語は始まります。
ぼくの机の引き出しには、誰にも見せられないものが入っている。
それは宝物じゃないし、ゴミでもない。
捨てようと思えば捨てられるのに、なぜかできないものだ。
今日も掃除の時間、ぼくは引き出しの中身を慌てて整えた。ほかの子みたいに、教科書とノートだけならよかった。でも、ぼくの引き出しは少しだけ重い。
原因は、先週の図工の時間にある。
先生が「余った材料は、持って帰ってもいいですよ」と言った。教室の後ろに、色紙や折り紙、モールが山みたいに置かれた。みんなが好きな色を取っていく中で、ぼくは最後まで手を出せなかった。
そのとき、机の上に置きっぱなしになっていた、青い色紙が目に入った。名前が書いてない。誰のかわからない。
ほんの一瞬、迷った。
それから、考えるのをやめて、引き出しに入れた。
誰にも見られていない。
先生も、友だちも。
でも、次の日から、その青い色紙は、ぼくの中でどんどん大きくなった。授業中も、休み時間も、引き出しの中から見られている気がする。
「それ、誰の?」
隣の席の子にそう聞かれた気がして、心臓が跳ねた。でも実際には、誰も何も言っていなかった。
放課後、教室に一人残って、引き出しを開ける。青い色紙は、最初と同じように、きれいなままだった。使ってしまえば、少しは楽になる気がした。でも、折ることも、切ることもできない。
これは盗みなんだろうか。
それとも、ただの拾い物なんだろうか。
答えはわからない。ただ一つわかるのは、この引き出しを開けるたび、胸の奥が少しだけ苦しくなるということだ。
チャイムが鳴る。
ぼくは引き出しを閉めた。
秘密も、いっしょに。
子どもの頃の罪悪感は、とても静かです。
怒られるわけでも、罰を受けるわけでもない。
ただ、自分だけが知っているという事実が、心を少しずつ削っていく。
この物語に出てくる出来事は、きっと誰の記憶にも似ています。
消し去ったはずなのに、なぜか忘れられない、小さな選択。
引き出しを閉めても、気持ちは消えない。
でも、その重さを知ったこと自体が、
成長の証だったのかもしれません。
この連載が、あなた自身の「引き出し」を、
そっと思い出すきっかけになれば幸いです。




