第04話:俺はエリスを守らない! 死んでも守らない!
それからというもの、レオン王子はなんだかんだと理由をつけては城を抜け出し、我が家の夕食に現れるのが当たり前になっていた。
そして予告通り、彼は「復讐」を実行した。
「見ろ! この忌々しい野菜の山を!」
そう叫んで彼が食卓に出したのは、黄金色に透き通るコンソメスープと、とろけるように煮込まれたロールキャベツだった。
「わあ……!」
「すっごくいい匂い!」
弟たちが歓声を上げる。私も一口食べて、息を呑んだ。
「……っ」
優しい。どこまでも優しい味だ。
野菜の甘味が丁寧に引き出され、手間暇を惜しまずに作られたことが伝わってくる。
一口飲むたびに、処刑のトラウマで凍りついていた体温が、指先まで戻ってくるようだった。
ふと、スープをよそう彼の手元が目に入った。
綺麗な指先には、王族には似つかわしくない小さな切り傷だ。
王族である彼が、慣れない包丁を握り、私のために傷まで作って料理を準備してくれたのだろうか……。
「……レオン様、その手……」
「ふん! どうだ! 美しい手だろう!」
彼は顔を真っ赤にして、小さな切り傷だらけの手を背中に隠した。
そして、私がスープを口にする瞬間、彼が息を止めて、固唾を呑んで見守っているのが気配で分かった。
「……こんなに美味しい料理、初めて食べました」
私がそう伝えると、彼は一瞬、ホッとしたように肩の力を抜いた。
「ふん! 不味いだろう! もっと苦しめ!」
そう言いながら、彼は私のお皿にさらにロールキャベツを乗せてくる。
台所へ戻る彼の背中が、小さくガッツポーズをしたように揺れた気がした。
「ほら、こっちの干からびた肉も食え!」
(訳:柔らかく煮込んだお肉も食べて、元気を出してくれ)
「こっちの泥水みたいな茶も飲め!」
(訳:特製のハーブティーだ、リラックスできるぞ)
彼の「復讐」は、日々の悪意に疲弊していた私の心と体を、内側から溶かしていくようだった。
悪意の聞こえない静寂の中で、彼の不器用な優しさだけが、じんわりと染み渡る。
私はいつしか、夕食の時間が待ち遠しくなっていた。
◇◇◇
けれど、そんな穏やかな日々は、突然終わりを告げた。
王宮騎士団長、ギルバート様からの縁談が舞い込んだのだ。
没落寸前の我が家にとって、断れる話ではなかった。
父からその話を聞かされた時にも、レオン王子はそこにいた。
台所で料理をしていたレオン王子が、包丁を止めた。
「……結婚……。最高じゃないか」
レオン様は、いつものように野菜を握りしめたまま、うつむいた。
その拳が白くなるほど震えている。
背中が、泣き出しそうなほど小さく見える。
けれど、王子の口から出たのは、決定的な拒絶だった。
「お前と……あいつはお似合いだ。結婚しろ。お前は、幸せになれる。賛成だ」
彼の本心が知りたい。
この時ほど、悪意の声しか聞こえない自分の能力が、酷く役立たずに思えたことはなかった。
彼が本当に「賛成」と言っているのか、それとも逆なのか。今の私には確証が持てない。
その時。
背後で、扉が開く音がした。
「……王子。あなたは、魔女の呪いを広げぬように外出禁止令が出ているはず。何をされているのですか、まったく……」
そこに立っていたのは、騎士団長のギルバート様だった。
爽やかな笑顔を浮かべている。
けれど、その瞳の奥は笑っていなかった。
「ギルバート様、王子の魔女の呪いとはなんですか?」
「エリス嬢はご存じないでしょうが、一部の要人は知っています。魔女の求婚を断ったため、自分の思いと逆の言葉しか話せない呪いです。本心を文字にすることすら許されない呪いを、我が将来の伴侶に近づけないで頂きたい」
ギルバート様が私の手首を掴む。
その心からは、悪意の心の声が全く聞こえなかった。
王子と同じだ。
この方も王子のように悪意なく、本当に私を心配してくれている。
だからこそ、彼が王子を責めるのを悲しいと感じてしまった。
「さあ、行きましょう。呪いが感染しないように、僕の屋敷で永久に警護しましょう」
「え……?」
彼は穏やかな声で、耳元で囁いた。
「一生、外に出ない安全な生活です。外の世界は汚らわしい悪意に満ちている。
君のような清らかな人は、僕が作った完璧な鳥籠の中でしか生きられない。
君の能力を知られれば、王家を狙う者たちから暗殺される。僕が君を守る、唯一の方法なんだ」
ぞわり、と背筋が凍った。
違う。
王子とは違う。
王子の静寂は「優しさ」だった。けれど、この男の静寂は「虚無」だ。
彼は本気だ。善意100%で、私を一生監禁しようとしている。
悪意がないからこそ、説得も通じない。純粋培養された狂気。
私は抵抗しようとしたが、鍛え上げられた騎士の腕力には敵わない。
引きずられて外に連れ出された私を見て、レオン様が叫んだ。
「ギルバートっ! 私の一番嫌いなエリスをそのまま連れていけっ!」
レオン様は、泣きながら飛びかかった。
手には、調理中だったフライパンが握られている。
しかし、剣の達人である騎士団長に、料理好きの王子では敵うはずもなかった。
一撃で壁に叩きつけられ、床に転がる。
「ぐっ……」
「殿下、あなた今、『一番嫌いなエリス』そうおっしゃいましたね?」
ギルバート様が、冷ややかな目で剣を抜く。
レオン様は口元から血を流しながら、それでもよろりと立ち上がった。
勝てない。まともに戦えば、殺される。
レオン様が私を見た。その瞳が、強く訴えかけてくる。
「エリス! 俺のところに来るな! お前が大嫌いだっ!」
「……っ!」
言葉は拒絶している。
けれど、彼は血まみれの手を伸ばし、私とギルバート様の間に割って入った。
震える足で、私の盾になるように立ちはだかる。
「俺はエリスを守らないっ! 死んでも俺が守らないっ!」
【作者あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
今回は前半の「飯テロ」と、後半の「急展開」の落差が激しい回でした。
不器用なレオン様の全力の「復讐(恩返し)」、楽しんでいただけましたでしょうか?
そして後半……ついに騎士団長ギルバートの「静寂」の正体が明らかに。
悪意がないからこそ話が通じない、エリスにとって最大の危機です。
次回、剣の達人である騎士団長に対し、フライパンしか持っていない料理好き王子はどう立ち向かうのか!? クライマックス、どうぞお見逃しなく!
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