表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第04話:俺はエリスを守らない! 死んでも守らない!

 それからというもの、レオン王子はなんだかんだと理由をつけては城を抜け出し、我が家の夕食に現れるのが当たり前になっていた。


 そして予告通り、彼は「復讐」を実行した。


 「見ろ! この忌々しい野菜の山を!」


 そう叫んで彼が食卓に出したのは、黄金色に透き通るコンソメスープと、とろけるように煮込まれたロールキャベツだった。


 「わあ……!」

 「すっごくいい匂い!」


 弟たちが歓声を上げる。私も一口食べて、息を呑んだ。


 「……っ」


 優しい。どこまでも優しい味だ。

 野菜の甘味が丁寧に引き出され、手間暇を惜しまずに作られたことが伝わってくる。

 一口飲むたびに、処刑のトラウマで凍りついていた体温が、指先まで戻ってくるようだった。


 ふと、スープをよそう彼の手元が目に入った。

 綺麗な指先には、王族には似つかわしくない小さな切り傷だ。

 王族である彼が、慣れない包丁を握り、私のために傷まで作って料理を準備してくれたのだろうか……。


 「……レオン様、その手……」

 「ふん! どうだ! 美しい手だろう!」


 彼は顔を真っ赤にして、小さな切り傷だらけの手を背中に隠した。

 そして、私がスープを口にする瞬間、彼が息を止めて、固唾を呑んで見守っているのが気配で分かった。


 「……こんなに美味しい料理、初めて食べました」

 私がそう伝えると、彼は一瞬、ホッとしたように肩の力を抜いた。


 「ふん! 不味いだろう! もっと苦しめ!」

 そう言いながら、彼は私のお皿にさらにロールキャベツを乗せてくる。

 台所へ戻る彼の背中が、小さくガッツポーズをしたように揺れた気がした。


 「ほら、こっちの干からびた肉も食え!」

(訳:柔らかく煮込んだお肉も食べて、元気を出してくれ)


 「こっちの泥水みたいな茶も飲め!」

(訳:特製のハーブティーだ、リラックスできるぞ)


 彼の「復讐」は、日々の悪意に疲弊していた私の心と体を、内側から溶かしていくようだった。

 悪意の聞こえない静寂の中で、彼の不器用な優しさだけが、じんわりと染み渡る。


 私はいつしか、夕食の時間が待ち遠しくなっていた。


 ◇◇◇


 けれど、そんな穏やかな日々は、突然終わりを告げた。

 王宮騎士団長、ギルバート様からの縁談が舞い込んだのだ。


 没落寸前の我が家にとって、断れる話ではなかった。

 父からその話を聞かされた時にも、レオン王子はそこにいた。


 台所で料理をしていたレオン王子が、包丁を止めた。


 「……結婚……。最高じゃないか」


 レオン様は、いつものように野菜を握りしめたまま、うつむいた。

 その拳が白くなるほど震えている。

 背中が、泣き出しそうなほど小さく見える。

 けれど、王子の口から出たのは、決定的な拒絶だった。


 「お前と……あいつはお似合いだ。結婚しろ。お前は、幸せになれる。賛成だ」


 彼の本心が知りたい。

 この時ほど、悪意の声しか聞こえない自分の能力が、酷く役立たずに思えたことはなかった。

 彼が本当に「賛成」と言っているのか、それとも逆なのか。今の私には確証が持てない。


 その時。

 背後で、扉が開く音がした。


 「……王子。あなたは、魔女の呪いを広げぬように外出禁止令が出ているはず。何をされているのですか、まったく……」


 そこに立っていたのは、騎士団長のギルバート様だった。

 爽やかな笑顔を浮かべている。

 けれど、その瞳の奥は笑っていなかった。


 「ギルバート様、王子の魔女の呪いとはなんですか?」


 「エリス嬢はご存じないでしょうが、一部の要人は知っています。魔女の求婚を断ったため、自分の思いと逆の言葉しか話せない呪いです。本心を文字にすることすら許されない呪いを、我が将来の伴侶に近づけないで頂きたい」


 ギルバート様が私の手首を掴む。

 その心からは、悪意の心の声が全く聞こえなかった。


 王子と同じだ。

 この方も王子のように悪意なく、本当に私を心配してくれている。

 だからこそ、彼が王子を責めるのを悲しいと感じてしまった。


 「さあ、行きましょう。呪いが感染しないように、僕の屋敷で永久に警護しましょう」

 「え……?」

 

 彼は穏やかな声で、耳元で囁いた。

 「一生、外に出ない安全な生活です。外の世界は汚らわしい悪意に満ちている。

君のような清らかな人は、僕が作った完璧な鳥籠の中でしか生きられない。

君の能力を知られれば、王家を狙う者たちから暗殺される。僕が君を守る、唯一の方法なんだ」


 ぞわり、と背筋が凍った。


 違う。


 王子とは違う。


 王子の静寂は「優しさ」だった。けれど、この男の静寂は「虚無」だ。

 彼は本気だ。善意100%で、私を一生監禁しようとしている。

 悪意がないからこそ、説得も通じない。純粋培養された狂気。


 私は抵抗しようとしたが、鍛え上げられた騎士の腕力には敵わない。

 引きずられて外に連れ出された私を見て、レオン様が叫んだ。


 「ギルバートっ! 私の一番嫌いなエリスをそのまま連れていけっ!」


 レオン様は、泣きながら飛びかかった。

 手には、調理中だったフライパンが握られている。


 しかし、剣の達人である騎士団長に、料理好きの王子では敵うはずもなかった。

 一撃で壁に叩きつけられ、床に転がる。


 「ぐっ……」


 「殿下、あなた今、『一番嫌いなエリス』そうおっしゃいましたね?」


 ギルバート様が、冷ややかな目で剣を抜く。

 レオン様は口元から血を流しながら、それでもよろりと立ち上がった。


 勝てない。まともに戦えば、殺される。

 レオン様が私を見た。その瞳が、強く訴えかけてくる。


 「エリス! 俺のところに来るな! お前が大嫌いだっ!」

 「……っ!」


 言葉は拒絶している。

 けれど、彼は血まみれの手を伸ばし、私とギルバート様の間に割って入った。

 震える足で、私の盾になるように立ちはだかる。


 「俺はエリスを守らないっ! 死んでも俺が守らないっ!」


【作者あとがき】

お読みいただきありがとうございます!

今回は前半の「飯テロ」と、後半の「急展開」の落差が激しい回でした。

不器用なレオン様の全力の「復讐(恩返し)」、楽しんでいただけましたでしょうか?


そして後半……ついに騎士団長ギルバートの「静寂」の正体が明らかに。

悪意がないからこそ話が通じない、エリスにとって最大の危機です。

次回、剣の達人である騎士団長に対し、フライパンしか持っていない料理好き王子はどう立ち向かうのか!? クライマックス、どうぞお見逃しなく!


(もし「続きが気になる!」「王子頑張れ!」と応援していただける方は、

ぜひブクマや評価をお願いします! とても励みになります!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ