1, 出会い
レイカは、今日も線路際の廃墟へと足を踏み入れた。高校に上がってからというもの、学校側の方針もあって、大学を意識して”夢”というものについて考えるが、自分が何をしたいのか、どうなりたいのかイメージが浮かばず、やがて学業にもなんとなく力が入らなくなって来ていた。そんなレイナにとってこの廃墟は、役立たずのガラクタに囲まれ、ただひたすら行き交う電車を眺め、何も考えず空をみあげて安らげる唯一の場所だった。
「飛行機雲だ…久しぶりに見たなぁ…。」
最近では珍しくなったエンジン式の飛行機が、空に2条の雲を引いていた。
「…そろそろ帰ろうかなぁ。」
空というのは変化があるようで”同じような変化”があるばかりで、なかなか帰るタイミングがつかめなかったが、飛行機雲という異物により帰る決心がついたレイナだった。最近擦れ気味の彼女だが親に心配をかけたいとは思っていないので、親が心配しだす前には帰りたいと思っていた。屋上の壊れたドアをくぐり、いつものように階段を下りていくと、ふと何かの視線を感じた。廃墟に入り込む人間なんてろくな奴じゃ無い…自分のことを棚に上げてそう思った彼女が、恐る恐る視線の元を確認すると、そこには今までしまっていたと思われる戸が倒れ、倉庫のような空間が現れていた。
「こんなところに…人…じゃない…アンドロイド…?」
この世界では、アンドロイドは普遍的な技術であり、様々なところで使われている。この廃墟の元の主であった会社も、アンドロイドのメーカーの一つであったが競争に敗れ消えていった。そして今倉庫の奥に無言で佇む少女は、かつてこの会社のイメージキャラクターとして作られ、会社がなくなるまでCMやポスター、イベント等に出ていたアンドロイドとそっくりだった。そしてなんと、彼女の身体の何らかのインジケーターが発光していた。
「光ってる…うごくの…かな…?」
恐る恐る近づき、リング状に淡く光る部分に手をかざすと、アンドロイドの少女はゆっくりと目を開いた。
「こんにちは。はじめまして。今は…あぁ、随分長く眠っていたようです。この会社は、もう完全になくなってしまったようですね。」
「あ、あなたは…?」
「私はスレーブ産業広報アンドロイドのネオンです。おそらく会社が相当限界だった頃…イベントの後ここにしまわれ、眠っていました。」
そう言って、こちらへ一歩近付こうとした彼女はしかし、膝から崩れ落ちてしまう。
「だっ、大丈夫!?」
「すみません…保管中に不具合が発生したようです。おそらく膝と、あと左目も、見えていないようです。」
レイカは慌ててネオンを起こすと、壁際に座らせた。見た目以上にずっしりとしたネオンの体重が時代を感じさせた。また、このように自然な自己分析ができる程に高度な自我を持ったアンドロイドを、会社に常駐させ使わない時は電源を切るような運用をすることも、最近成立した倫理法では許されないはずであり、こちらもまた時代を感じさせた。
「すみません。ありがとうございます。」
「いや…私が起こしちゃったわけだし…」
ここでレイカは、家に帰ろうとしていたところであったことを思い出した。
「ごめんなさい、私そろそろ家に帰らないと…あの、またここに来てもいいですか?」
ついさっき会ったばかりだが、不思議と惹かれるものがあり、また彼女に会いたいと思った。優しい笑顔と素朴な仕草に安心感を覚えた。
「はい!ぜひいらしてください。私はいつまでもここでお待ちしております。」
レイカは外れた倉庫の扉を立てかけ、入り口を隠すようにしてから帰った。
次の日。
「ネオンさん?」
倉庫の扉を開けると、ネオン昨日と同じ場所に座っていた。同じくセンサーに手をかざすとネオン目を開いた。
「こんにちは。また来てくださったんですね。うれしいです。」
「昨日話しててなんとなくホッとする気持ちになって、また会いたいって思ったんだ。そうそう、昨日言い忘れちゃったんだけど私レイカっていうの。よろしくね。」
「レイカさん、ですね。こちらこそ、です。」
「ネオンさん、実は私ね、今高校生なんだけど、」
レイカは、自分が何故この廃墟に通っていたのかや、自分が迷っていることをネオンに話した。ネオンはレイカの話を最後までじっくり聞いてくれた。そして、今までネオンが見てきた様々な社員達や会社の周りの人々、イベントで出会った人々の話をしてくれた。
こうして何度もネオンの元に通ううち、レイカに一つの夢が芽生えた。『ネオンを修理して、元気にしてあげたい。』
「ネオンさん、私、アンドロイド技術者になる。」
「あら、素敵ですね。私の会社はなくなってしまいましたが、ここで働いていた技術者達はみんな自分の理想や社会を変えたい思いとそれらに裏付けられた高い技術を持った立派な方々でした。私もレイカさんを応援しています。」
「ネオンさん…、その、うちに来ない?私の両親は良いって言ってくれてるんだ。」
レイカは、この日のために両親に相談し、法律も詳しく調べていた。ネオンは現在では所有物ではなく独立した個人として扱われるはずで、本人が承諾すれば問題ないはずであった。
「レイカさん…!?それは……あぁ、ここで遠慮して断ってしまうのはおそらく違うのでしょうね。ありがとうございます!」
元々勉強の意義が分からなくなっていただけであり、嫌いというわけではなかったレイカは、それから一層授業にも身が入るようになった。簡単な電子工作から始めて、デジタル制御やコンピュータ、プログラミングも学んだ。ネオンを助けるためには、総合技術者にならなければいけない思っていた。