舞踏会の記事の清書、トリエステ・スゴンダに関する事
午後、昼食を終えてから取材した内容をメモを記事にしていく。
人々が言った事を一言一句変えることなく、ありのままに原稿に書き込んでいった。
記事を読んだ内容から、アンダイエが思った事も加えていく。
「これが君の考えか。悪くない」
ストラスの評価はそれだった。アンダイエの記事は、別の記者がタイプライターで清書していく。
記事の作成が終わったら、アンダイエはタイプライターの前に。
「さてアンダイエ、残りは昨日した事だな」
目の前に置かれたのは、王都ヴァンデミエールから届いた原稿、それも社交界における舞踏会に関する記事であった。
ストラスがこの記事について補足する。
「それは、”貴族の仮面舞踏会”の報道さ。まあ、毎年恒例だけれども……今回はちょっと派手だったみたいだね」
アンダイエは手書きで書かれた記事を見ていく。
最初の見出しに、ある名前があった。
『スゴンダ家のトリエステ嬢、新年舞踏会にて”悪役令嬢”としての振る舞いを徹底』
続いて本文にはこう書いてあった。
『平民出身の新興令嬢に皮肉な言葉を浴びせる。王政派と貴族連合からは喝采、民権派からは冷笑』
「…………」
タイプライターを操作しようとする手が止まった。
紙を見つめる目が揺れる。
(この人の名前……どうして?)
アンダイエはタイプライターのキーに指を置いた。
『ス』『ゴ』『ン』『ダ』と打ち込んでいく。
けれど、”ト”から始まるキーだけが異常に重く、異様な感触を持って押し返してくる。
「……え?」
タイプライターが詰まった訳でもない。そういった対処法も教えてもらった。
だが、そんな異変じゃない。
打ち直しても、同じ。
三度目に、ようやく文字が打てた瞬間……インクリボンがわずかに赤く滲んだ。
さらには指が震えてくる。
『”夢を見る平民など、劇のヒロインで十分”と一蹴』
それと共に、アンダイエの胸が何かに締め付けられる感覚が。息が出来なくなる訳ではないが、はっきりとした感じ。
だが、それでも打ち続けるアンダイエ。
打ち込む度に記事の内容が、胸に突き刺さってくるようだった。
『令嬢は笑いながら、舞踏会の”新星”を断罪した』
さらには指が震えてくる。
『”夢を見る平民など、劇のヒロインで十分”と一蹴』
そしてついに……涙が一粒、タイプされた紙の上に落ちて、その部分が滲む。
(違う……そんな人じゃない。でも……それを言える理由が、わたしにはない……)
彼女は”誰か”を知っている気がする。だからこそ……
信じたくなかった。
だってあの人は……
けれど、その”誰かの名前”だけは思い出せなかった。
「どうしたんだ、アンダイエ?」
手が止まって震えていた様子に、ストラスが様子を見に来た。
その声に気がついて、アンダイエは慌てて涙を拭う。
「……大丈夫です。ちょっと疲れただけです」
「……そうか」
ストラスは納得したかは分からないが、それ以上は訊かなかった。
けれど、ふと目をやった清書原稿の”トリエステ”の文字がどこか滲んでいるのには、気づいたかもしれない。
仕事が終わった後、アンダイエは部屋で一人、彼女の思いをストラスに貰った手帳に記入していた。
手帳にはアンダイエが記入した古紙も挟んでいる。
アンダイエにとっては、確かな記録だからだ。
『この国には、記録される者と、記録されることを拒まれる者がいる。わたしは今、後者に手を伸ばそうとしている』
そして下に、震える筆跡で記した。
『__お姉ちゃん。あなたは、なぜ笑っているの?』