初めての取材
朝のテルミドールは、鐘の音とパン屋の香ばしい匂いで始まる。
新聞社の一階で簡単な朝食を終えたアンダイエは、見習いの記者としての”初めての外出取材”に向かうことに。
「午前中は取材に行こう」
「うん!」
「その前に、これから取材をお嬢さんへ、あたしからプレゼントだ」
ストラスは革張りの手帳をアンダイエに渡した。
手帳は丈夫な作りをしており、簡単にはボロボロにならない仕様になっていた。
「これは……」
「君は古紙に書き込んでいるみたいだが、どうせだったら手帳に記入してすぐに見られるようにすればいい」
「ありがとう! でもいいの?」
アンダイエが手帳を開くと、最初の数ページだけストラスが書いたらしきメモ書きが。
「実は買ってすぐに変なところに入れてしまい、見つからなくなったんだ。で、別のを買ってから少しして、見つかったというお粗末な事さ」
「そうだったんだ、大切にするね!」
「さて行こうか」
ストラス・ラザールは、いつもの茶色いジャケットにキャスケット帽。
アンダイエは借り物のストールで肩を包んで、胸元を隠すようにしてついていく。
「さて、まずはここだな」
二人が街の中心にある広場、トラヴァイル広場に。
この広場では、ギルド派と労働組合側の言論掲示板が並び、日々多くの人々が行き交っている。
「今日は、先日の大統領による演説に対する市民の反応を取材するんだ」
そう言って、ショルダーバッグから何日か前の新聞を取り出す。
記事として大統領が演説したという事が書かれていた。
「君が”実際に聞いた声”、それを記事にするんだ」
ストラスの言葉に、アンダイエはコクリと頷いた。
「ありがとうございます」
街角の老婆、商人、学生、職人……
様々な立場の市民に話しかけ、感じたことを訊ねていく。
アンダイエは最初こそ緊張していたが、誰かの言葉を”残す”ことがどれほど真剣な行為なのか、少しずつ理解していったために、徐々に緊張せずに話すことが出来ていった。
かつての姿であった時、そこまで話すのは得意な方ではなかった。場所を尋ねる事だって、上手く言い出せないくらいに。
比較したら大きな違いが出ている。
「お嬢ちゃん、話の聞き方が丁寧だね。ちゃんと書いといておくれよ」
「あの言葉、わたしのことも見てくれてた気がしたわ……」
ひとつ、またひとつと、手帳のページに”声”が文字へと変わっていく。
アンダイエは手帳に素早くメモを書き取っていく。
『”民意”は誰のものかと問われて、私は思った。沈黙している人々の言葉は、記録されているのか』
ふと、そんな一文が自分の筆から出てきて驚く。
(わたし、こんな風に考えられるようになってたんだ……)
それは、”記録者”として芽吹き始めた彼女の言葉だった。
「良い線いってる。人の話を”聞こう”って姿勢は、書く以上に難しいもんだ」
新聞社への帰り道、裏通りを歩きながら、ストラスが口を開いた。
「ありがとう……」
「そのうち、”書くのが怖くなる”時が来る。でもその時こそ、本物の記者になれる」
アンダイエはその言葉の意味をまだはっきりとは分からなかった。
だが、胸の奥で少しだけ疼いたのは、かつて”誰かの言葉を記録できなかったこと”を、うっすらと覚えていたからかもしれない。