公開の檻ーーテルミドールへの道
その言葉と同時に、ライラックが前へと進み出る。
彼女の瞳は任務に忠実な兵士のもの……のはずだった。
だが一瞬だけ、その視線が揺らぎ、アンダイエの方をかすめた。
ほんのわずかな躊躇。
それは、かつて物語で「ヒロイン」として描かれた者の内なる声なのかもしれない。
「ライラック」
ティラナが鋭く名を呼ぶ。
「あなたの役目は何か、忘れていませんわね?」
「……はい」
ライラックは静かに答える。だがその声は、わずかに震えていた。
アンダイエはその揺らぎを見逃さなかった。
胸の奥に熱が走る。
カウナスの文字が手帳の頁で微かに光を放つ。
ストラスが低く囁いた。
「見たかい? あれは……氷の仮面に入ったひびだよ」
ティラナは一拍置き、指先をひらりと振る。
「では、処分を。ーー彼らをテルミドールへ移送しなさい」
兵士たちが一斉に動き、アンダイエ、ストラス、デイジーを取り囲む。
その緊張の只中で、ライラックの眼差しだけが、なお揺れ続けていた。
ティラナの声は落ち着き払っていたが、そこに逆らえる者は一人もいなかった。
兵士たちがすぐに動き出す。
アンダイエは息を呑む。
「……どうしてテルミドールなの?」
その小さな疑問に、ティラナはわずかに口角を上げた。
「決まっているでしょう。審問は人目に触れなければ意味がありません。市民の前でこそ、記録がいかに危険で、いかに我々の管理下に置かれるべきかが示されるのです。テルミドールは行政首都。ーー公開の舞台にふさわしい」
その言葉に、兵士たちは一層強く鎖を握りしめた。
ストラスは目を細め、アンダイエの耳元で囁く。
「つまり……これは見せしめだよ。あんたを通して、市民に“記録は支配されるもの”だと刷り込むつもりなんだ」
デイジーが唇を噛みしめ、必死に声を押し殺す。
「……なら、あたしたちが示さなきゃ。記録は、未来を照らすものだって」
アンダイエは胸の奥に小さな熱を覚えながら、冷たい夜気の漂う回廊を歩かされていった。




