紙面を越えた記憶
沈黙を破ったのは、傍らに控えていたデイジーだった。
彼女は控えめながらも、震えを抑えた声で口を開いた。
「ティラナ委員……再演というなら、それがもし”希望”だったならどうするんですか?」
その言葉に、ティラナがゆっくりと彼女に顔を向ける。
デイジーはその視線に耐えるように、まっすぐに見返していた。
「私たちは過去を焼き捨てるためにいるんじゃない。未来を照らすために、記録を守ろうとしている。ーーアンダイエさんは、それを思い出させてくれたんです」
ティラナは瞳を細め、まるで過去と現在の重なりを見透かすように、ゆっくりと立ち上がった。
その足取りは静かで威厳に満ち、会議室の奥へと向かう。
「……デイジー。あなたの言葉は美しい。でも、それだけでは足りないのよ」
微笑みすら浮かべながら、ティラナは部屋の奥にある扉の前で立ち止まる。
「過去にすがるだけでは、未来を照らす光にはなりえない。記録は時にーー記録を焼く光にもなる」
彼女が指を鳴らす。
すると、一人の女性がやってきた。
青い令嬢のドレスに身を包み、亜麻色の巻き髪が特徴的な女性。
彼女の胸には、保衛委員会の徽章がつけてあった。
「トリエステ……」
アンダイエがわずかに肩を揺らす。ストラスは眉をひそめ、声にならない言葉を飲み込んだ。
「お久しぶりね、アンダイエ……」
トリエステが保衛委員になっているのは、アンダイエもストラスも知っている。
ただ、彼女はより疲れているように見える。
「貴女は……?」
デイジーは彼女の事を知らない。
だからトリエステがやってきても、きょとんとしている。
「はじめまして、トリエステ・スゴンダですわ」
「トリエステ……紙面を賑わせていた悪役令嬢ですね!」
”熱月の風”で何度も出てくる女性と出会ったためか、この状況でも少々心を躍らせていた。
「デイジー・キルヒベルク、うるさいですわ」
「ごめんなさい……」
ティラナはこほんと咳をしたのちに、静かに続けた。
「記録とは、選択。記録とは、再演。そしてーー記録とは、抵抗よ。アンダイエ・シュティ。貴女は彼女をどう見るのかしら?」
トリエステは、かすかに動揺する。
まるで”トリエステ”自信が、自らの記録に疑念を抱いているかのように。




