似姿の彼方
重厚な扉が、かすかなきしみを立てて開いた。
第三保管区。
そこは、石の壁に囲まれた静謐な空間だった。棚には分厚いファイルが丁寧に並び、空調がわずかに唸っている。まるで時間そのものが封印されているような空気だった。
「……こっちだ」
ストラスがぽつりと言い、懐中電灯を手に進んでいく。
アンダイエとデイジーもそれに続いた。
通路の奥、鍵が既に開けられているガラスケースの前で、ストラスの足が止まる。
そこに――あった。
署名の無い私信の束や名前の消された会議の出席記録と同じケースの中に一枚の古い肖像画。
煤けたような質感のキャンバスに、細く端整な顔立ち、淡い微笑、そして――アンダイエと瓜二つの人物が描かれていた。
「……カウナス・スゴンダ」
ストラスが、静かに名を口にする。
アンダイエは息をのんだ。
まるで鏡を見ているかのようだった。自分ではない、けれども確かに「かつての自分」であったかのような感覚が、背筋をぞくりと這う。
「これが……」
「その通り。第三保管区に封印された記録群の中でも、特別な”例外”とされた肖像だな」
ストラスは語る。
「記録から名前が抹消され、経歴は空白にされ、それでも……この絵だけは誰かが”残す”ように働きかけた。あたしが、王室保衛室にいた頃のこと」
デイジーが前へ出て、じっと銘板を見つめる。そこには小さく、こう記されていた。
『記録抹消対象:S——─』
『記録照合不能により、名義のみ封印』
『肖像のみ保存、閲覧制限付き』
『附記:閲覧者には閲覧報告義務を課す』
「……この”S”って」
アンダイエが口を開く。
ストラスは視線を落とし、小さく笑った。
「あたしのことさ。ストラス・ラザール。あたしがこの肖像だけは”残した”」
「なぜ……?」
「わからなかった。ただ、そうしなければいけない気がしたんだ。もしかしたら、君が来るって、どこかで分かっていたのかもしれないな」
アンダイエは肖像に手を伸ばそうとして、寸前で止めた。
まるで、触れれば何かが壊れてしまう気がして。
「……この人が、わたしに似ているのなら……わたしの姿も、過去に似た誰かの残響、なのかな」
「それは、君自身が決めることだな」
ストラスが、そっと言った。
そのときだった。
館内に警報が鳴り響いた。
「封鎖指令だ……ティラナの動きが早すぎる」
ストラスが舌打ちする。
「逃げ道は?」
「搬入口のルートは今、封鎖されてるかもしれない。でも——」
その時、扉の外から、タンジールの声が低く響いた。
「こちらから回り込めば、何とかなります」
「……助かるよ」
アンダイエは最後にもう一度、肖像に目をやる。
その微笑が、さっきよりほんの少し優しくなったように見えた。




