図書館裏口にて
アンダイエたちは一階に戻って図書館の裏手、納品口へと通じる細い小径は、昼を過ぎても静まりかえっていた。
正面からは保衛委員会が封鎖しているため、別ルートが無いか探していたのだ。
「でも、大丈夫かな?」
「違法スレスレだろうな」
そんな時、納品口の方から一人の女性がやってきた。
「貴女たち何をしているのですか?」
すらりとした黒のロングスカートに、紫がかったシャツ、その上には灰緑のカーディガン。胸元には図書館職員のバッジ。
そして亜麻色の髪を後ろでひとつに結んでいる、眼鏡をかけた姿。
「い、いえ……道に迷いまして」
「そうですか。いえ、貴女たちは中央記録庫へ行こうとしているのですね?」
女性は明らかにアンダイエたちの目的を知っていた。
微笑みながら話していく。
「何故……それを?」
「先ほど貴女たちの様子を見ていました。あなたたちが、ストラス・ラザールさんとアンダイエ・シュティさんですね?」
低く、よく通る落ち着いた声だった。
「あなたは……?」
ストラスが前に出て、警戒を隠さず尋ねる。
「フロレアール図書館で司書をしています、タンジール・オクシタニアと申します」
そう名乗った彼女の声には、曇りのない確信があった。
「タンジール……」
ストラスは少々動揺しているような感じを見せた。
ただ動揺はすぐに元に戻っていたが。
「とある文書ですが、中央記録庫に移されたまま、ずっと保管されたままだったんです。ですが先日、久々に照会がありました。貴女たちでしょう?」
「ええ。カウナス・スゴンダに関する……」
アンダイエが答えかけたその時、タンジールがそっと手を上げて制した。
「……その名前を、ここであまり口にしないでください。周囲には保衛委員の目もあります」
「ごめんなさい……」
「でも、私の立場で許される範囲でよければ……あなた方を中央記録庫の中まで案内いたします」
アンダイエとデイジーが思わず顔を見合わせる。
「どうして、わたしたちがこうしてまで入ろうとするって分かったんですか?」
タンジールは一瞬だけ視線を横に逸らすが、すぐに微笑を戻した。
「実は、あなた達が来られることはある程度予想していました。ここに封印された記録を”読もう”とする人が、いつか現れると」
彼女の瞳の奥には、深い年月を宿したような静けさがあった。
アンダイエがその言葉に応じる。
「……読まれることを望んでいた記録、ということ?」
「ええ。そして、記録が意味を持つのは、それを読もうとする人がいる時だけです。だから案内しましょう。こちらへ」
彼女は裏口の鍵をひねり、小さな鉄扉を開ける。
中は薄暗い搬入用通路。しんと静まりかえっていて、大きな声を出したら響きそうな感じだ。
階段を降りていって、鍵のかかった鋼鉄の格子を開けると、そこには重厚な木製の扉があった。
扉には銘板が埋め込まれているーー
『中央記録庫・第三保管区』
「手引きできるのは、ここまでです。ある程度はこちらで何とかしましょう。ですが、あまり長く時間を稼げません」
ストラスは黙って彼女を見つめた。
「……君は、なぜそこまで」
「理由は、記録庫の奥に残っている”ある肖像”をご覧になれば、きっと分かります」
彼女はそれだけを言い、通路へと戻っていった。
一方その頃、ニヴォーズの保衛委員会。
ティラナ・アレグリアは、新たな指示書に署名をしていた。
それは、フロレアール図書館の封鎖命令。
「ふふ……正面から入れないなら、裏口から来るのね。やはり、”似ている”のかしら、カウナスとあの子」
彼女の指は、黒手袋のまま小さく震えていた。
「記録は、記されれば毒になる。……でも同時に、人を自由にする鍵にもなる。あの夜、祖母が言っていたのよ。”鍵を手放すな”って」
ティラナの目は鋭さを帯びる。
「でもわたくしは、もうひとつの鍵を握っている。すべての記録を封じるための鍵を」
静かに、椅子から立ち上がったティラナ。
彼女が向かうのは、ヴァンデミエールの旧王宮保衛室ーー”過去の本拠地”。
そこに、かつて祖母が手放した”髪留め”と共に、もう一つの封印が眠っていた。




