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フロレアール図書館

 フロレアール市。

 花の都市と言われ、その名の通りに市街地には四季折々の花が咲き誇っており、この美しさは住民だけではなくここを訪れる人々を楽しませている。

 そんな都市ではあるが、もう一つの呼び名がある。

 『司法首都』という呼び名だ。

 フロレアールにはヴァルミュルブール国の最高裁判所があり、ヴァンデミエール、テルミドール、ニヴォーズに並ぶ国を動かす重要な都市である。


 フロレアールの駅に降り立ったアンダイエたち三人は、深呼吸をひとつ交わした。

 街路樹の花は、ほのかに香りを漂わせながら、司法都市の空に色を添えていた。

 だがその美しさに反して、目的地は静謐と警戒に包まれたフロレアール図書館。


「中央記録庫に……記録の封印庫があるんですね」


 デイジーはノートを抱え直す。

 ストラスは静かに頷き、アンダイエへと視線をやった。


「中は厳重だ。フロレアール図書館には誰でも入れる一般書架と、申請が必要な専門書架、そして保衛委員会が絡む中央記録庫がある。中央記録庫へ入れるのは図書館職員か、正式な申請者だけだ」


 デイジー自身、図書館へは行ったことがあるが、一般書架だけである。

 専門書架はおろか、中央記録庫へなんて行った事がない。


「わたしたちが、記者であることを理由に断られないといいんだけど……」


「いや、一度断られている。だから、直接行っているじゃないか」


「そうだったね」


 やがて三人は図書館に。

 自然と調和した荘厳な石造建築で、中に入ると防虫剤としてほんのりの花の香りがしている。

 一階は一般書架であり、本を探したり本を読んだりしている人たちがちらほら見られる。

 目的は地下であり、三人が階段を降りて地下一階にある受付に行こうとした時、静かに立ち塞がろうとする人たちが。


「中央記録庫への立ち入りは制限されています」


 淡々とした声が響いた。

 それは、ライラック・ディアス。

 保衛委員会の委員で、ティラナ直属の部下で、監査室の現地指導官を兼ねていた。


「あたしたちは正式に申請してあります。書類には”保留”と書かれていましたが、まだこちらが取り下げないかぎり、再度申請の権利は残っているはずです」


 ストラスが毅然と返す。

 半分ハッタリ的なものもあったが。


「本日付で、記録保全法に基づく暫定的制限措置が施行されました。あなたたちが閲覧を希望している文書は”記録の健全性”に影響を与える恐れありとして、保衛委員会で再審査中です。再審査中は閲覧はできません」


「つまり、それって……」


 アンダイエが口を開く。


「ーー保衛委員会による封鎖ってことだよね?」


 ライラックは答えなかった。ただ、無言で道を塞ぎ続ける。

 そんな様子を通路の奥から、そっと誰かが彼女たちを見つめていた。




 ニヴォーズの保衛委員会庁舎。

 保衛委員の一人、トリエステは目の前に届いた報告書に眉をひそめた。

 それは、監査室による事実上の【中央記録庫の封鎖】の決定報であった。


「この報告……本当にわたくしに話を通したの?」


 トリエステは、デスクに詰めていた補佐官に問い詰める。


「いえ……ティラナ委員の決済です。委員長権限の即時発動で」


 トリエステ、いや呉羽は目を伏せた。

 自分が『トリエステ・スゴンダ』の名を名乗ることになってから、ずっと感じていた奇妙な引力。

 それはまるで、記録の中で死んだはずの誰かの人生に、自分の現在が浸食されていくような感覚だった。


 彼女は立ち上がると、窓の外に目をやった。

 かつての修道院の窓から、かすかに咲いている白い百合の花が見えていた。


「ティラナは何を恐れているんだろう」」


 つぶやくその声は、誰にも届かなかった。

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