表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/70

名を消す処刑

 ストラスは重い手つきでトゥアンから渡された文書を開く。

 封蝋の跡が残るその複写は、赤茶けたインクと、正式な記録書式に則った整った字体で書かれていた。


 対象:スゴンダ家分家第一女子 カウナス・スゴンダ

 発令理由:当該人物は共和国の規定を逸脱し、国家に対する潜在的危険因子と認定される。


 処分指示:一、上記対象の戸籍および存在記録を即時抹消すること。 二、関係者からの口述記録および写真類も、同時に封印すること。 三、対象を死亡者としては記録せず、生存を前提に『記録上のみの削除』とする。 四、移送先は軍政局、シュヴァルエール市内の管理指定区域。以降の記録は機密指定。 五、本命令文書に署名する者は以下の通りとする。


 署名者:S.L.(識別番号により本人確認済)


 六:対象が生存していた場合、いかなる形でも名前の回復は認められない。


 ーーこの文書をもって、『カウナス・スゴンダ』は記録上、存在しなかったものとする。


 読み終えたストラスの額に、静かに汗が浮いていた。

 彼女は文書を閉じると、低く呟いた。


「……これは、.名を消すための”処刑”だよ。命を奪わず、記録だけを奪うやり方だ」


 アンダイエは拳を握りしめる。

 誰かの人生が、文字の命令だけで封じられていた。


「これを……記録として復元できたら……」


「その瞬間、誰かの罪が確定する。名前に責任が戻る。署名をしたあたしも、その一人だ」


 トゥアンが言葉を挟んだ。


「お前たちは、カウナスという記録を掘り起こす。そのとき、あの国の一部はきっと震える」




 数時間後 ニヴォーズ市 保衛委員会


 ティラナ・アレグリアの執務室。

 窓は閉ざされ、カーテンの隙間から差し込む夕陽だけが、室内の書類を染めていた。


 部屋に駆け込んできたライラック・ディアスが、息を整えながら報告する。


「……ラザールとシュティの両名。スゴンダ家分家関連の軍政下文書に接触。トゥアン元記録官から情報を得た模様です」


 ティラナの顔から、笑みが消えた。


「内容は……?」


「不明ですが、処分命令の写しと見られます。例のーー”S・L”署名文書かと」


 沈黙。


 ティラナは机に置かれていた銀の髪留めを見つめたまま、動かなかった。

 微かに歯が鳴る。


 あの名を、再び口にする者が出てきた。

 それも、記録に命を吹き込もうとする記者たちの手で。


「あの二人は、どうしたの?」


「そのままテルミドールへ戻りました。記事にするものと思います」


「監査室に指示を。ストラス・ラザールを正式に監視下に置きなさい」


「はっ」


「それと……フロレアール図書館中央記録庫への進入路を封じる。正面も裏口も、すべて」


「了解しました」


 部屋を出ていく部下の背を見送ることもなく、ティラナは一人、鏡の前に立った。


 手にした銀の髪留めが、少しだけ震えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ