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記録という名の灯火

 テルミドール旧市街の石畳は、朝の陽光を浴びてかすかに温もりを帯びていた。

 街角のパン屋からは焼きたての香りが漂い、通勤途中の人々が足早に交差する。


「今日の取材先は、時計塔広場の掲示板だよな」


 ストラスが鞄の中から手帳を取り出しつつ言った。


「うん。新しく始まった市民相談会の試みについて、実地の声を聞くってことだったはず」


 アンダイエが確認しながら頷いた。


「へえ、市民相談会……そういうの、裁判制度とどう繋がってるのか気になるな。私も勉強の参考にしようっと」


 隣で歩くデイジーが嬉しそうにノートを開き、走り書きし始める。


 時計塔広場の一角には、臨時のテントが張られ、木製の机がいくつか並んでいた。年配の市職員や若い労働総取引所の組合員などが、訪れる市民たちの話に耳を傾けている。住居の苦情、労働条件の訴えーー話題は多岐に渡っていた。


「これだけ市民が集まっているのに、記録する人がいないのは……ちょっと不安ね」


 アンダイエが周囲を見回して言うと、ストラスは頷いた。

 三人以外に取材などを行っている人物は見あたらなかった。


「記録されなければ、いずれ誰にも知られず消えていく。それが”声”の宿命でもあるからな。だからこそ、あたしたちが記すんだ」


 それを聞いて、デイジーが不意に言葉を漏らした。


「……”忘れないために”、か」


 アンダイエが目を向けると、デイジーは小さく微笑んだ。


「以前、ここの記事に書いてあったんです。”記録とは、未来の誰かのために、過去の重みを託すこと”って」


「それ、アンダイエの記事だな。そこまで大きな記事では無かったが、はっきりとそう書いていた」


 ストラスは口を挟んで、からかうような声を出した。アンダイエは目を丸くし、顔を赤らめて俯く。


「うそ……え、うそでしょ、それ……!?」


「本当よ。もう少し自信を持って、見習いの記者さん」


 デイジーが笑いながら言った。


 そのとき、一人の老女がテントから出てきて、広場のベンチに腰を掛けた。疲れた表情を浮かべながらも、どこか安堵の色が見える。


「……あの人に、話を聞いてみようか」


 アンダイエが自然に足を踏み出すと、ストラスは頷き、少し後ろに控えた。デイジーも一緒に、取材メモの準備をする。


 声なき人の言葉を聞き取る。

 書くために、伝えるために。


 午前の光が広場を照らし続けるなか、三人の影が老女のそばに寄り添った。


 ーーそうしてこの日もまた一つ、”記録”と呼ばれる物語が、静かに紡がれていく。

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